うめえよ

 「手、出してみ。」

叔父は差し出された砂まみれの手を見て、僕をひょいと小脇に抱えて海に入った。

「ほれ、ぱしゃぱしゃ」

「ほれ、落とすなよ。」

何かが叔父の手の中から僕の手に移された。慎重に折りたたんだ指の隙間からはよく見えない。

「うめえよ、くってみ。」

叔父はニカッと笑った。生来意地汚い僕だが流石に躊躇して、同じ高さにある叔父の顔を探るように見る。

「密漁なんだ。内緒だぞ。」

叔父は僕の耳に口をつけて言うと、辺りを窺い、僕を抱えていない方の手で早く口に入れろとジェスチャーをした。

 母の弟である叔父が入院中の病院から連絡があって、両親を車に乗せて向かう途中、初めてこの話をした。両親は叔父が僕を海に連れて行ったことも覚えていなかった。僕がちゃんと覚えているのも「うめえよ」(僕は当時「うめえよ」がそれの名前だと思っていた。)「密漁」「内緒」のキーワードで、後はどこまで本当か自信が無い。

 「この子と海に行ったんだって?」

母の殊更大きな声も叔父に届いているのか分からなかったのに、医師の説明を聞くために部屋を移ろうとした時、叔父が絞り出すように言った。

「俺も、うめえよ、食ってみてえ。」

子供の口には合わなかったよ。

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