天国の耳

何も無い平原を、人一人出合うことなく歩いて歩いて、今でも稀にその丘陵地に辿り着く者がいる。

喉の渇き、空腹、疲れさえ感じないことに最早気付かず、自分の輪郭も朧気であるのに、なだらかな稜線を見上げて立ち止まる。天国の耳と呼ばれた地の名残に応じてなのか、去り損ねて押し黙っていた僅かな言葉達が身じろぐ。ふもとに多数の人が告解に訪れた洞穴があったのだが、今では半ば土砂に埋もれ、入口は草に覆われてしまっている。

天国からまず神が消え、続いて具体的なイメージに基づいた数々のものが順を追って失われた。その後、それでも一定数訪れる生前の行いを赦されたい人々に応えるべく、天国の耳ができた。

昨今、人は物質的な構造と分かれるとすぐに散逸するようになった。姿形を保って天国を訪れる者は皆無に近い。

いずれ丘陵地は風化し、天国のあった場所は原野に戻るだろう。

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