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コロナ感染した佐々木淳Dr.による、リモート診療の様子。近未来の日常の診療風景かも?(^^)。

以下、在宅医療を展開する佐々木Dr.のFacebook転載です。

コロナで隔離中、今日も在宅勤務です。
午前中は特養入居者27名を2時間かけてリモート診療。

現地にはいつもと同じチーム。僕だけが画面の向こう側。悠翔会のナースが患者さんのベッドサイドにデバイスをセットしてくれます。

患者さんの中にはきょとんとしている方もおられましたが、2つの顔が並んだ画面を見て「私だけが歳をとったみたいー!」というおばあちゃんがいたり、「月に1回しか会えないのに、やっぱり会いたいです。今度は絶対来てください」とラブコール送ってくださる方、大丈夫ですか?と気遣ってくださる方もおられたり。

要介護度3以上+認知症の方々が対象であっても、オンラインで充分なコミュニケーションが取れることを改めて実感しました。

事前に施設から提供された入居者の身体状況や体重変化などを参考にしながら、前回の採血の結果をアセスメントしたり、皮膚病変を映像で診断したり、薬剤師さんと相談しながら減薬したり、ナースや介護リーダーの話を聞きながら下剤の調整したり、関節の可動域や筋力の変化はナースに間接的に身体所見をとってもらったり、計画された検査や処置をしたり。

もちろん医師にしかできない処置もありますが、遠隔であっても一定以上の診療の質は確保できそうです。

ただし遠隔だと対面よりも言語的コミュニケーションへの依存度が高まります。今日は咽頭痛をのど飴で押さえながらなんとか発声していましたが、それでもスピーカーの機能がよければ、小さな声でも大きく伝えることができるし、マイクの機能がよければ、高齢者の小さな声をしっかり拾うこともできます。このあたりはテックの利点ですね。

D to P with Nと表現されることの多いこのような遠隔診療においては、看護師さんは現場で必要な医療的ケアの実行者というだけではなく、言語的コミュニケーションでカバーできない部分を補完するためのインターフェイスとしての役割も大きいと感じました。

もう一つ感じたのは、特養の「嘱託医」って、実はこんな感じで充分なのかもしれない、ということ。

医師はあくまでコンサルタント。

主体的に動くのは看護師。

看護師がある一定の範囲で医療的判断ができる、医療的処置ができる、そして患者・家族と医師とのコミュニケーションのインターフェイスとして機能できるのであれば、特養=Special Nursing Homeのその名の通り、看護を中心にケアしていく体制にしてもいいのかもしれないと思いました。

もし胃瘻交換や男性の膀胱留置カテーテルの交換、褥瘡の一定範囲のデブリくらいまでナースができれば、医師が手を動かさなければならない処置はほとんどありません。

医師はコンサルタントに徹することで、現場の雑務から解放され、患者の詳細な情報に目を通しながら、むしろ対面診療の時よりもより深く最適な医療・ケアを考えることができるようになると思います。体重変化を無視したり、何も考えずにDo処方したり、などはなくなるかもしれません。

特養の入居者の家族の中には、小さな体調変化のつど病院受診を求めたり(とりあえず紹介状を書け)、何かあったら救急車で搬送しろ、入院させろ、そういう人も少しおられます。

しかし、そもそも特養はそのような緻密な医療ケアを提供するための場所なのでしょうか。

人生の最終段階、要介護度が高く認知症があっても、穏やかな時間が過ごせる、それぞれの暮らしの中に時に喜怒哀楽もあり、病気の管理よりもその人の望む生き方が優先される、特養はそんな生活の場であるべきなんじゃないか。

医療的にしっかりケアしてほしい、というのであれば、そういうサービスを提供している介護施設・居住型サービスはいくらでもあると思うのです。

いま、特養含む高齢者施設間で要介護高齢者の取り合いをしている地域が少なくありません。しかし大事なのはそれぞれの機能に応じた役割分担、(高い安いだけではなく)それぞれの施設の本来の社会的役割に応じた人を入居させるべきではないかと思います。少なくとも緻密な医療的ケアを求める人を入居させるべきところではありません(在宅医療すら入れないのに)。

本人にとってのくらしの継続を基軸に、必要最低限の医療的ケアで最後までその人の「生きる」を支える。日々、対話を重ねながら本人にとって納得のできる選択を共に考える。もし特養が本来の役割を取り戻すことができるのであれば、この領域こそ、本来の看護+介護の力が発揮されるべき部分であるようにも思います。

規制改革推進会議では何度か特養の医療アクセスの改善(在宅医療が提供できるように)を訴えてきましたが、国は動く気はなさそうです。

もし国が特養の医療アクセスを改善する気がないのであれば、いまのように宙ぶらりんの嘱託医に中途半端な仕事させるのではなく、特養はそのような場所であるとしっかりと定義し、より責任ある役割を担うことになる看護職・介護職に対する報酬も含め、そのための体制構築を進めていくべきだと思います。


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