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インド四大仏教の認識論的特色 説一切有部の思想的特質

<インド四大仏教の認識論的特色>
※無神論的な性格を共通にもっている
→神論的な方向から、物事の存在を定義するのではなく、結果的に今あるものから世界を説明しようとしている点に特色があるといえる。
空衣派 ジャイナ教
三蔵⇒ 経・律・論蔵
大乗仏教運動 ⇔自利仏教
悟りの境地 アラカン 阿羅漢
哲学的→今あるものから世界を説明
神論的→超越的なものから世界を説明
存在論と認識論
中観派、瑜伽行派、経量部、有部
三世有論
<説一切有部の思想的特質>
北インドの上座部系の最有力な部派で、その歴史はアショーカ王の時代まで遡ると伝えられる。すべてのダルマ(法)が過去・現在・未来の三世にわたって実有であるという学説を主張するところに特質がある。
外界の諸対象は直接知覚されるものであるとみる説
有部(説一切有部)の学説は実有論とはいっても、存在を主体の認識とのかかわりで考察分類する学説であることが知られる。五蘊(色法・心法・心所法・心不相応法・無為法)、刹那滅、択滅(知によって択びとられた滅)、すべての法が択滅すれば完全な涅槃である。

<見解>
存在論の解説を聞いていると、量子力学の解説を聞いているのかと思うくらい類似性がある気がしてならない。我々が見ているものは、見たいから見ているのか、見せられているのか、見ているものは変化しているがその瞬間瞬間では実在している矛盾など、そういう認識方法・解釈方法で現象を理解しようとすることも可能である。量子力学では、認識したから存在すると解釈できるそうである。もろもろ突っ込みどころ満載の概念(中観派、瑜伽行派、経量部、有部)であり、それぞれ矛盾を含んでいそうである。そうは言っても、結局は、人間あるいは世界が、どのように幸福を得るかということを追求した結果が、諸々の概念を創造してきたと認識している。未来があるとすれば、並行未来なのか、直線未来なのか、どちらを信じるか、認識するかによって未来が変わってしまうのだけれども、(もしかしたら、無いかもしれないが・・・)、過去から現在に存在している宗教的概念をすべてデジタル化して分析されることが可能となり、(すでに可能かもしれないが)、思想・哲学・宗教において、何が真理なのかスーパーコンピューターやAI(人工知能)などで、解明されるのではないか。なにか、難しく考えすぎており、シンプルに悟り至ることが可能な世界がやってくるのではないかと思っている。小学校一年生の最初の授業で、世界中の人々が悟りに至る世界はすぐそこに来ているのではないかと思っている。
以上(1,038文字)

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