見出し画像

アルトゥーロ・コジマ『エル・ガウチョ』

 アルトゥーロと初めて会ったのは一九八三年の九月、第二週の金曜日だった。場所はオラル・モレルが毎週金曜日に古書店で開催した〈金曜会〉だ。そして、この名前の由来はステファヌ・マラルメによる〈火曜会〉にちなんでいる。
 グアテマラからトラックの荷台に揺られてやってきたばかりのアルトゥーロは年若く、髭も伸び放題。浅黒い肌をしており、目つきは鷹のように鋭かった。それまでの彼はグアテマラの農場を渡り歩いて生活していた。彼は正規の教育と呼べるものはほとんど受けていなかったものの、博識さと知見は私を含めた〈金曜会〉参加者全員を凌駕していた。この、陸のエリック・ホッファーと呼ぶべき年少者は私たちのカスティーリャ語の誤りを指摘し続けた。オラルは縮こまり、オルテガ・アレイヘムは舌打ちし、温厚な測量技師のファン・マヌエル・スアレスですら苛ついた様子を隠さなかった。それでも、アルトゥーロの才能は疑いようがなかった。
 アルトゥーロは『エル・ガウチョ』を気紛れに書いた。しかしながら、これは気紛れと呼ぶにはいささか度が過ぎている。物語の主人公は名なしの牧童、ガウチョである。物語はアルゼンチン人にとって英雄であり、裏切り者であるファン・マヌエル・デ・ロサスの時代だ。(英雄と裏切り者は矛盾しない)物語において、主人公はガウチョとしか呼ばれない。主人公は唯一の肉親である祖母を若きロサスに殺害された後、彼の傭兵となる。はじめのうちこそ、ロサスの寝首をかこうとしているものの、次第に心酔していき、時に父性すら求めるようになる。やがて、幼い復讐者は独裁者の最大の理解者に成長する。戦いがはじまるとガウチョは、いの一番に斬り込み、革剥ぎナイフで敵対者の首を切り落としていく。この戦いの場面はフランシスコ・デ・ケベード風の韻文で書かれている。物語の最後の場面はこのようなものだ。
 中年になったガウチョは波止場で酒とマテ茶を交互に飲みながら元独裁者のロサスを待っている。やがて、ロサスと彼の娘がイギリス船に乗り込むと、追手があらわれる。ガウチョは持っていた全ての金を置き、革剥ぎナイフを抜いて追手の行く手を阻む。ガウチョはしんがり、最後にして最大の華を添えられ、彼が作り出したばかりの死の山に自身の身体を埋めることになるが、破綻と裏切りを何度も経験したアルゼンチン国民は、こうしたガウチョにこそ信を置くのだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?