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石積みキャラバン9 徳島県高開

因島を出た後、田代くんが学校の卒業式に出るために大阪に送っていった。そして翌朝に徳島県高開に出発し、石積み学校の現場である高開に向かった。高開ではいつものように習いたい人を募集して石積みワークショップを開催した。現場の石積みは数百年前に積んだと思われるところで下は畑を耕している。石はとても小さくて裏にグリ石はほとんど入っていない。こういうところは石積みが崩れたとしても下の畑の耕作できる土地が減るだけであまり影響はない。崩れただけ畑の面積が減る。それだけだ。このあたりは農業の収入をメインの収入にしている人はほぼいないので、昔のように耕作するための土地を広げる必要がない。ただ、放っておくとどんどん崩れてくる。雨水の流れ道になってどんどん水が流れていき、ますます周りが崩れていく。日本であまり言われることはないが、石積みの重要な役割の一つは土壌の流出を防ぐことだ。昔からある集落は比較的土砂崩れが少ないが、吉野川市が策定したハザードマップをみるとほぼ全ての区域が土砂災害警戒区域に指定されている。また今でも高開がある大神集落では、土を掘ってパイプを通して土砂崩れを予防するための工事をしている。山の斜面は、基本的に尾根筋の地盤が固く、土砂崩れが少ないことから、家屋を尾根筋に建て、谷筋に田畑を開拓したそうだ。そうすると他にもよいことがある。尾根筋は風通しがよく保存食である乾物をつくりやすく、谷筋は川が流れているので水が得られやすく、肥沃な土が溜まりやすい。山肌は基本的にはそのような地質の特性があるが、土の中を流れる伏流水はすぐに流れを変えるのでどこを通るか分からない。7年ほど前には高開でも大雨の後崩れた石積みを修復したことがある。最近は短時間で大量の雨が降るのでますます崩れやすくなっているのだろうと思う。石が崩れる原因のほとんどは雨が土の中に染み込み、表面の石を押し出すことだと思われるが、上勝町では別の原因もきいた。石積みの表面から流れた雨水が背後に流れることだという。グリ石が十分に入っていなく、積み石の荷重が土にかかっている場合、土が流されて積み石が崩れてしまうそうだ。どちらにせよ、グリ石が重要だ。

高開の石はとても積みやすい形をしている。控えの長さがあり、グリ石の形もクサビ形をしていて豊富にある。他に地域の石はサイコロのように丸かったり滑りやすかったり、グリ石でしっかりと固定しないと置けないが、高開の石はぽんと置くだけでしっかりと固定される。石積みの練習をするならここが最適だと高開さんがおっしゃっていたが、いろいろな地域の石を積んでみてその言葉の意味が分かった。確かにどの地域の石も控えをとり、後ろに重心がかかるように置き、グリ石をしっかり詰めればどんな形の石も置くことができる。そしてそれさえ守っておけばどんなに下手くそに積んでもそこそこ強度のある壁をつくることができる。

農地の野面積みの魅力は機能美だと思う。隙間に合う形に石を整形する余裕と必要がないので、できるだけその形のままできるだけ早く積む。そうするとどんな名人でもアラがでる。数十年石やコンクリートブロックを積んできた高開さんが積んでも後悔するポイントがいくつか出てくる。でもそれは致命的に悪いわけではないので問題はない。構造的にはほとんど問題がない。昔の石積み職人さんは、本当に積むだけが仕事だったらしく、形の悪い石を持ってくるとこんなものは積めないと返されたそうだが、農地ではそんなことは言ってられない。どんな形の石でも構造的に問題がないように積む。そうするとそれぞれの地域に合った積み方の違いが出てくる。薄い石が多い所は整形するのに手間がかかるので谷積みにする。石が少ない地域なら、少ない石で済むように控えを短いように置く場合もある。ただ、どこの地域もグリ石は必ずしっかりつめて、重心が後ろに傾くように置き、最低でも2つ以上の石と接するように置く。これは世界でも共通するルールだが、練石積みが登場して失われてしまった考え方だ。

空石積みは手間もかからない。置くスペースを掘り込んだり材料の調達に手間がかかることもあるが、コンクリートブロックを積むのと遜色ない早さで積むことができる。コンクリートが固まるまで待たなくてもよいし、熟練してくると渡された石をぽんと迷わずに置くことができるようになる。

道沿いの景色を眺めていると、石で積んだほうがよいのになあという景色がたくさんある。安価で大量、規格化の流れは戻すことができないが、過剰に行き過ぎた針を戻すことはできると思う。石積み職人さんの技術は完全にロストテクノロジーになっている。単なる郷愁や伝統ではない。どこの地域にいっても現役で石をたくさん積んでいた人は85歳以上の方ばかりだ。あと3年すれば話をきくことすら難しくなるだろう。できるだけ、たくさん話をきいて記録に残しておきたい。








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