石田梅岩「都鄙問答」現代語訳(十六)

(日本古典文学大系「近世思想家文集」の原文を現代語訳しています)

「医者の心構えを問う」

(ある人)
「私は、息子たちのうちの一人を医者にしたいと思っている。医者として世を渡っていくためには、どのようにあるべきだろうか。」

(梅岩)
「私は医の道を学んでいないので、詳しくはないけれども、思うところを話してみよう。まず第一に、医学に心を尽くすべきである。医書の意味をしっかり理解せずに、人の命を預かるということは恐るべきことだ。自分の命が惜しいことを顧みて、他人にとってもそれは同じであると推察すべきだ。病人を預かったら、ひとときも油断してはならない。例えば自分の身に頭痛がしたり腹痛があったりするときは、少しの間でも我慢できない。その我慢できないことを知れば、人の病を見て自分の病のように思い、心を尽くして治療すれば、一晩でも安心して寝ることはできない。人の命を惜しみ、薬を施し、施すことをもって心とし、病気の回復をもって楽しみとし、謝礼のことを思わず治療をするべきである。謝礼を思わないといえども、病人の家からは、一命を頼むということであれば身分相応の謝礼はあることだろう。ある人が、「世を渡るために(収入を得るために)医者をやるべきではない」と言った。薬を施すというところから見れば、そう言えるかもしれない。収入のために医者をすれば、謝礼の滞るところへは、あまり行きたくないという気持ちも出てくることだろう。そのうち行くからと言って後回しにして、その病人がもし死んでしまったら、天命とはいえ、その医者の心になってみれば、自分の不仁の私欲をもって、病人の死を早めてしまったかもしれないと、どこか後ろめたく思うものだろう。孟子は、「刃で人を殺すのと、政治で人を殺すのとでは、異なることはない」と言った。殺す手段は変わっても、罪に変わりはないはずだ。恐るべきことである。心のすべてを尽くし、人の命を惜しむ仁の心があって薬を施し、そのうえでも病気が治らなければ仕方ないと言えるだろう。孔子は「人としての変わることのない良心がなければ、医をなすことはできない」と言った。医は人の生死を頼むものである。人の命を惜しむ心をもって自分の心としないのであれば、不仁の過ちは多くなってしまうだろう。自分の命を惜しむ心をもって病人を愛せば、過ちは少なくなるだろう。このようにすれば実に仁愛に満ちた医者となるだろう。その仁愛を失うことがなければ、これを医の変わることのない良心と言うべきだろう。これをよく理解したならば、治しにくい病人がいれば、出来るだけたくさんの医書に目を通しよく考えるべきだ。博学というのは、詩作や文章を仕事にすることではない。医の志すべきところは大体そのようなところだ。」

(ある人)
「それであれば博学の名医というのは、医学ばかりのことなのか。他の文学もなく、挨拶等も当たり前のことばかり言っていれば、軽々しい文盲に見えてしまうだろう。文盲に見えては他人からの信用も薄く、信用されなければ治療などもうまくいかないだろう。身を相応に飾るためには、詩作文章も兼ねて博学である方が良いのではないか。」

(梅岩)
「博学は私も好むところである。捨てる必要はない。けれども、医学が熟して後のことだ。本末を考えるときは、医学が本(もと)であると知るべきだ。有子は、「本(もと)立ちて道生(な)る」と言った。本末を間違えるのは君子の道ではない。さてあなたは世間の人が聞き慣れないことを言うのを、博学と思っているのではないか。それは軽薄な考えである。良医は聞き慣れないことを言うものではない。医書に、望、聞、問、切ということが書いてある。まず病人に望(臨)み、容体を見ることを望と言う。様子を聞いて病を知ることを聞と言う。不審な点を尋ねて察することを問と言う。脈を診て病を定めることを切と言う。それであれば病人に望み、その容体を見て、後に症状を言わせてそれを聞き、また詳細については看病の者に問い、そのうえ脈を診て、自分の考えにかなうと確信をして、薬を用いるべきである。それなのに人の聞き慣れないことを言ったのでは、先方は理解できないし、また先方からの返答もおかしなものになる。お互いに理解できないのでは、望、聞、問、切もうまくいかず、病の原因を察して薬を用いて、治療することができなくなってしまう。孔子は、「言葉達してやむ」と言った。言葉達してやむとは、「私が言うことが、先方に理解されればそれ以上は何も言わない。理解されなければ、理解されるまで言うだろう」ということである。人々が理解できないことを言う者は狂人である。どうして狂人が治療をすべきだろうか。京都の医者であれば、医書と論語を読んだことがない者はいないだろう。理解しにくいことを言って喜ぶのは、どこかの片田舎にいて仮名草子(仮名交じりの平易な本)を見て治療をする者で、そういう者は、世間から何も知らない医者だと侮られることを嫌って、色々と聞き慣れないことを覚えて言いたがるものだ。良医たる者が、そのようであるべきだろうか。」

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