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杉田庄一物語 その57(修正版) 第五部「最前線基地ブイン」第三段作戦

 三月十五日、大本営海軍部は陸軍部とともに第三段作戦をつめていた。この日、軍令部総長永野修身大将が山本五十六連合艦隊司令長官に「大東亜戦争第三段作戦帝国海軍作戦方針」を指示する。「東亜海域に来攻する敵艦隊及航空兵力を撃滅し、且敵海上輸送路を破壊すると共に、速に帝国自彊必勝の戦略態勢を確立し、以て敵の戦意を破摧する」と書かれていた。ミッドウェイでうまくいかず、ガダルカナル島も退いてしまった今、敵艦隊と航空兵力と海上輸送路を撃滅して和平交渉にもちこみたいという意味がそこにあったのかもしれない。「連合艦隊司令長官の準拠すへき作戦方針」に次のように書かれていた。


「一、速に航空兵力を捕捉撃滅し、制空権を確立するに努む。二、基地航空兵力の主力を南太平洋方面に、一部兵力を南西方面に配備して、敵航空兵力及進行部隊を捕捉撃滅すると共に、敵の前進基地に対する補給輸送路の攻撃遮断を徹底す、一部兵力を以て本邦東方及北方を警戒す。三、母艦航空兵力の主力を太平洋方面に、一部兵力を機宣南西方面に配し適時機動作戦を実施すると共に、集散離合を適切ならしめ、激撃作戦を以て敵の艦隊を撃滅するに遺憾なきを期す」

防衛庁防衛研修所戦史部 戦史叢書


 具体的には基地航空兵力をもって制空権をとることが先決であり、そのために南東方面での航空戦が最重要となるということだ。母艦航空兵力を動かすための燃料がギリギリとなっていて、もはや機動作戦を行えないという事情もあった。日本軍側の搭乗員の損失へのカバーも十分でなかった。米軍側は、戦場で一定期間過ごすと本国に戻り、新人の育成にあたった。日本軍側では、少なくなったベテランがいつまでも戦場で踏ん張って戦わねばならず、新人の養成がうまくいってなかった。

 前述したが、南東方面での全航空部隊の実動機はこのころ約百六十機だった。ちなみに南東方面における陸軍の戦闘機の実動機は一式戦闘機四十機を含む八十機程度であった。そして、日本軍への新型機の補給は数えるほどしかなかった。

 一方、米軍側はガダルカナル島方面とニューギニア方面のそれぞれに約三百機を配置していた。しかも米軍には、本国から続々と新型機が送られてきている。特に米海軍機が活躍していた南東方面であったが、「ダンピールの悲劇」はこれまで軽視してきた米陸軍機だけによるものだったことが山本長官に衝撃を与えていた。米軍側の実力が増加してきていることは確実だった。

 「速に航空兵力を捕捉撃滅し、制空権を確立する」という命令をどう展開するか、山本は、連合艦隊の母艦搭載機を派遣し、基地航空兵力と合わせて南東方面の敵航空兵力を叩くことを決断する。今たたかねば、今後はますます戦力に差がついていくことが明白だった。

 小澤治三郎麾下第三艦隊の航空兵力は、空母「瑞鶴」、「瑞鳳」、「隼鷹」、「飛鷹」に搭載する零戦百三機、艦爆五十四機、艦攻二十七機の計百八十四機である。南東方面の第十一航空艦隊(基地航空部隊)は、二〇四空、二五三空、五八二空、七〇五空、七五一空合わせて零戦九十機とその他七十機の計百六十機あまりであった。基地航空兵力に母艦航空兵力を合わせても三百五十機に満たない機数。真珠湾攻撃の時は、六隻の母艦航空兵力だけで三百五十機は超えていた。しかし、数は少なくなっても、まだいくさ慣れした搭乗員が各部隊には残っている。山本は、起死回生の作戦にかけた。

 作戦名は「い号作戦」と名付けられた。新しい出発点を期すという願いから、いろはのいの字をあてた。そして、この作戦実行のために、山本長官は連合艦隊司令部を戦艦「武蔵」からラバウル基地に移し、自ら陣頭指揮をとることにした。作戦は四月三日から実施することにして、さっそく準備にとりかかった。

 三月十五日、宮野が正式に二〇四空飛行隊長兼分隊長となる

 三月十八日、二〇四空は、森崎予備中尉の指揮のもと三小隊九機が敵機追撃にあがったが、敵を発見できず一時間後に基地にもどっている。内地から来たばかりの川岸飛長が第三小隊一番機となり、杉田はその二番機として飛んでいる。

 三月十九日、二〇四空は、朝八時半くらいから宮野飛行隊長の指揮のもと七小隊二十一機の大部隊で「敵船団攻撃隊直掩」任務で出撃している。

 出撃前にB24が一機来襲し焼夷弾を落としていった。宮野は防空壕に入らず空をにらんでいたが、列線に落ちてくすぶっている焼夷弾を拾って遠方に放り投げるという出来事があった。恐れるものは何もないという勇敢さを隊員たちは目をみはった。杉田は、第二中隊第一小隊の三番機として飛んでいる。一番機は森崎予備中尉であった。長時間の直掩であったが敵とは遭遇せず、攻撃後にラバウルに戻ったのは十三時三十分であった。

<引用・参考>



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