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上越立ち止まりスポット22(直江津ライオン像から船見公園)

小学校の中学年くらいまで母親に連れられて直江津の市によく行った。市に行くとぽっぽ焼を買ってもらったり、一人で市の店をみて回る冒険をしたり、楽しい思い出だ。まだスーパーなんてのがなかったので、ここでの買い出しは母親には重要だったはずだ。家からはかなり離れているので、長い道のりを歩いたはずだ。それはあまり覚えていない。しかし、このライオン像と赤煉瓦塀は子供の頃から記憶にある。市の通りから少しはいったところにあった。

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この写真は海にむかって撮った市の通り。昔の直江津のメインストリートだったはずだ。この突き当たり、海浜公園がある。昔は旅館や割烹がならんでいた。今のハイマート(山崎旅館)の本館もこちらにあった。少し横に入るとライオン像。今は「ライオン像のある館」として記念館になっている。ずいぶん長い間放置されていた。その頃から、このライオン像は好きだった。

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市のホームページには、「旧直江津銀行」として市文化財として紹介されている。
直江津銀行は、明治28年「直江津積塵(せきじん)銀行」の名称で発足し、明治期の直江津の商工業を支えました。明治39年の大火により焼失しましたが、明治40年には再建されました。銀行は大正4年に解散となりましたが、 海運業を営む高橋達太が銀行の建物を取得し、大正9年に現在地に移築。その後、回漕店の社屋として使用していました。建物の前の迫力に満ちたライオン像は、高橋達太の要請により、柏崎市の小川由廣が制作したものです。上越市最古の擬洋風建築であり、煉瓦塀は、火災が多かった直江津を物語っています。また、館内には銀行当時の金庫、木製カウンター、ドイツ製天井扇風機が残されています。(旧直江津銀行は、直江津における商工業の発展を今に伝える貴重な歴史的建築物であり、日本遺産「荒波を越えた男たちの夢が紡いだ異空間 北前船寄港地・船主集落」の構成文化財になっています。)平成31年(2019年)3月に旧直江津銀行として「上越市文化財」に指定されました。

まだ、指定される前に中に入ったことがある。お宝なのにそのまま置いてあるのでもったいないなあと思っていたが、指定されてよかった。

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このライオン像のある通りは、明治の頃に廻船問屋や石油関係の商社が並び賑わった。道幅も広い。海側に抜けると海岸通に面して船見公園がある。今はポケモンで賑わっている。

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船見公園には「人魚の像」がある。

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小川未明の「赤い蝋燭と人魚」をモチーフにした人魚像だ。上越市には、小川未明にちなんで9つの人魚像があるという。

海の方に行くと広い円形劇場風の敷地があり、与謝野晶子の句碑がある。「落日が枕にしたる横雲の なまめかしけれ直江津の海」

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昔日は、この沖に船が停泊し、おっかちゃやわけいしゅうが沖まではしけでつけて荷運びをした。そんな話を父親から聞いた。

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