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リパブリックP-47サンダーボルト(1941)

 巨大な戦闘機である。第二次世界大戦で実用化された最大の単発単座戦闘機であった。太い胴体は二階建てで、前部のエンジンから胴体後部の排気タービンまで長いパイプが通っていた。エンジンはプラット&ホイットニー社のダブル・ワスプ2,000馬力。プロペラ直径は3.66mで4翅。航続距離を稼ぐために巨大な燃料タンク。主翼は中翼になってしまい、長い脚を納めるために23cm短くしてからひきこんだ。重さは、当時の多くの戦闘機の約2倍。そして、当時の並の戦闘機は追いつけない時速633kmの速さ。飛行機のアメ車?

 1940年6月にアメリカ陸軍航空隊が新型戦闘機の仕様を発表した。これに応じたのがリパブリック社。ロシア生まれのアレキサンダー・セバスキーという設計者がいて、P-35戦闘機とP-43ランサー戦闘機の実績があった。しかし、あまりパッとしなかった。続いて設計者になったのがアレキサンダー・カルトベリーで、この巨大な戦闘機を設計した。エンジンは、コルセアにも採用されたダブル・ワスプであるが、設計時にはまだ実用化できるかどうかもはっきりしていなかった。さらにこの見通しのあやふやなエンジンに排気タービンを付けることにこだわった。結果的には排気タービンが効いた。

 当初はキャノピー(風防ガラス)が胴体後部に連なる「レイザーバック」キャノピーだったが、D型になって水滴型風防になった。また、エンジン出力も2,300馬力に向上する。巨大な戦闘機でクリアランスがあり、操縦席も余裕の大きさだった。エアコンまでついていた。さらに速度が増して時速697kmまで向上した。被弾しても容易に撃墜されないタフさもあった。

 ヨーロッパ戦線ではB-17を援護してドイツへの戦略爆撃に参加した。P-47自体の積載能力(B-17の半分くらいを積載できた)も高いので自ら爆弾を積んで戦闘爆撃機としても活躍した。日本機なら中型爆撃機級。戦闘機というよりも攻撃機だ。こんな巨大戦闘機をP-47Dだけで12,602機も生産した。ドイツ機との戦闘での損失率は出撃100回で0.7機だったという。

<P47D>
全長 11m
全幅 12.42m
全備重量 8,800 kg
発動機 プラット・アンド・ホイットニー R-1830 ツインワスプ
最高速度 689km/h  高度9,144m
武装 7.7mm機銃×8
爆装 爆弾積載 最大1,135kg

> 軍用機図譜





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