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杉田庄一物語その38 第五部「最前線基地ブイン」ベテランの苦悩・若手のあせり

 士気の高い若手に比して、ベテランたちは疲れていた。島川正明一飛は一年早く戦場に出たのですでにベテラン扱いされ、六空の本隊が到着するまでは下士官でもないのに小隊長も務めている。ガダルカナル島への攻撃にはベテラン中心の編成が組まれ、若手が順次三番機として戦場を経験するようにシフトされていた。そのためどうしてもベテランに負担が多くかかった。『島川正明空戦記録』(島川正明、光人社)の中で次のように語っている。
「ブイン進出後まもない頃は、毎日一回ずつ七回出撃すると次の日は休養日にあてられていたのですが、それもやがて反故同然になってしまいました。七回目の出撃から戻って、いよいよ明日は休めるかと思いながら、飛行場にある大きな黒板を見ると、明日の出撃者一覧の中に、自分の名前があるのです。がっくりしたものです。しかも、それがもう当然のことのようすになってしまいました。」

 具体的には
「ベテランの◯◯が未帰還になったから、島川、お前いけ」
「マラリアになった者が出たから、島川、お前、代わりに飛べ」

というような具合だ。ベテランは過酷な出撃に疲労を蓄積させていた。その疲労が、「空戦中でのミス」や「帰路で睡魔から海没」などの形で現れていた。

 兵舎内にある簡易ベッドは出撃した搭乗員が戻る前に毛布がきちんとセットされるのだが、未帰還になった搭乗員のベッドは、くるくると丸められたままになっていた。そのようなベッドを見て、「あいつも死んだか」と思ったと当時の隊員が述べている。未帰還者はベテランが多かった。

 ある日、攻撃任務を終えた後に尾関行治上飛曹が兵を全員集めて、「貴様らたるんでる!」と「アゴ」(あごをなぐる)をくらわせる気合を入れた。すでにベテランとしてガダルカナル島攻撃に出撃している島川も真っ先になぐられており、いつもは柔和な笑顔で部下をなぐるようなことのない尾関がなぜ?と島川は違和感を感じている。

 出撃につぐ出撃で疲労が蓄積しているためかと思われた。自分達は戦死者を出すような日々を過ごしているのに、若手が訓練をかねた哨戒任務にしか出ていないことに不満がたまっていたのであろう。島川はベテランたちの士気は低下していたと記述している。

 ベテラン搭乗員が失われたことと搭乗員養成が間に合っていないことの深刻さがわかる話である。それでも、このときの若手は基本的な操縦訓練は受けていた。翌年、前線に出ることになる甲飛予科練十期生などは数週間の訓練だけで前線に出されている(さらに翌年になると練習機すら乗れないまま特攻隊編成に入れられることになる)。

 ところで、杉田は若手の中でも技量が認められていたと思われる。二〇四空になる前の六空の飛行機編成調書を見ると、まだ先発隊しか着いていなかった九月十三日の編成表に初めて名前が載っているのだ。当時の編成は小福田が決めていた。小福田に率いられた先発隊は、技量Aの者で編成したとされている。ほとんどが飛曹長などベテランで編成された中に兵でしかない杉田の名前がみえる。

 このときの任務はラバウル上空哨戒任務であるが同期の他の隊員に比べるとかなり早いデビューである。さらに二日後の九月十五日には、基地上空にあらわれたB17爆撃機への追撃戦に参加し実戦も経験した。十月二日には、ベテランたちに混じってガダルカナル島への敵航空兵力撃滅戦に参加している。このときはエンジン不調で引き返してはいるが。他の若手の二飛に比べて、早くから編成に入れられていた。ただ、宮野の率いる本隊が到着してからは基地上空哨戒任務に戻されている。

 十月十四日から連日、ブインからガダルカナル島周辺への船団護衛任務や敵航空兵力撃滅作戦などの遠征をベテラン搭乗員たちが行っている。十六日には、前日にガダルカナル島に揚陸したばかりの食糧や弾薬が米駆逐艦の砲撃で粉々にされてしまうという事件がおこった。すぐに川真田中尉を指揮官に敵艦艇を捜索するが発見できなかったため、ガダルカナル島上空に戻り、B17四機と空戦を行い一機にダメージを与えている。

 数では多い若手ではあるがこの時期もまだ遠征隊の編成には入っておらず、基地での哨戒任務を兼ねて戦闘訓練を行っていた。その哨戒任務につく編成に入るのも容易でなく、若手搭乗員たちは、なんとかして零戦に乗るチャンスを得ようと画策する。ベテラン搭乗員の身の回りの世話をやいたり、士官たちの弁当運びや風防磨きなどを行ったりして、声をかけられるのを待った。若手搭乗員の士気は高く、『早く実戦に出たい』というのが共通した願いであり、その旺盛な戦意の前に「戦闘に出れば死ぬかもしれない」などという怖れは大きな問題ではなかった。

<参考>

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