見出し画像

飛行機の本#12リアル・グッド・ウォー(サム・ハルパート)

恐怖と緊張感が読み終わるまで続く。
この本を読むのは何度目かのはずなのに、読む毎に重苦しい恐怖が増していく。
実際の恐怖を反芻しているような錯覚におちいる。

第二次世界大戦時、ドイツへ爆撃を行うアメリカ陸軍航空隊爆撃機B17の搭乗員の話である。35回の出撃(ミッション)をこなせば本国へ帰れる。しかし、ミッションの1回ごとに確実に仲間が死んでいく。ロシアンルーレットを35回行うと考えるとその恐怖が想像できる。生き残るチャンスの方が少ない。出撃リストに名前があるかどうかを常に気にし、あと何回あるかというマジックナンバーがいつもついてまわる。そのような日々の記録だ。

シチュエーションは「ブラッカムの爆撃機」と似ている。「ブラッカムの爆撃機」では、イギリスの若者たちの話だったが、「リアル・グッド・ウォー」はアメリカの若者たちの話になる。時代もやや進み1944年、連合軍がドイツへ攻め混み戦争の終わりを予感できる時期。しかし、両軍共に犠牲者を大量に出しながら激烈なドイツ上空の戦いをしていた。

いとも簡単に死が訪れる。あっけなく。映画などでは絶対出てこない「リアル」がある。B17は1000機以上の大集団で爆撃を行う。そのためには1時間以上かけて全機そろうまで上空で待機しながら密集集団を形成しなければならない。基地上空で接触事故を起こし、火の玉になって落ちていく。航空燃料を満タンに積み、爆弾を満載している飛行機同士が接触するのだ。それも毎出撃で起きている。そのことも想定済みなのだ。事故で死ぬことと戦闘中に死ぬこととの「死の差」を主人公は考える。

もちろん戦闘ではもっと死は身近にある。最初に高射砲が爆撃機めがけて榴散弾を打ち込んでくる。空中で爆発し、四方八方に飛び散る。その一つでもエンジンに当たれば出火する。なによりも機内を貫通するときに人の体に大きな穴をあけていく。顔や腹にぽっかり穴があく。そのような弾幕の中を編隊を崩すことなく耐えて耐えて飛んでいく。近くの爆撃機が落ちていくとき「シュートを数えろ!」という声がとぶ。パラシュートで脱出する数を数えるのだ。ほとんどが脱出できずに落ちていく。あるいは爆発する。高射砲のあとは、スピードや攻撃力で勝るドイツ軍の戦闘機が襲いかかる。積んでいる機関銃を密集することで攻撃力を高めるために編隊を崩す事は許されない。空の「スイミー」だ。襲われる仲間もいても密集編隊を乱してはならない。爆撃予定地が雲に隠れて見えない時は、360度回ってきてこの行程をやり直す。悪態をつきながら耐えるのみだ。直接攻撃を受けなかったとしてもこれでは神経がおかしくなる。

画像1

主人公は、全編通じて自分の心情を強くを語ることはない。悪態をつきながらもたんたんとこなしていく。他の仲間とくらべてヒーローというわけでもない。普通の搭乗員で、普通に恐怖を感じて、反吐をはきながら耐えている。不意におとずれる仲間の死。マジックナンバーが減る毎に「まだ死なない。次はいよいよ死ぬかもしれない」と恐怖が増していく。

第二次世界大戦、ドイツ軍対連合軍の空の戦いは激烈をきわめた。制空権をとったほうが最終的に勝利することがわかっていたため、若者を大量につぎ込む消耗戦になった。「ブラッカムの爆撃機」「リアル・グッド・ウォー」での搭乗員たちの言動はよく似ている。イギリス、アメリカという文化の違いはあるけれど。なぜ戦争が起きたのかという理由もしっかりわかっているわけではない。学校を出たばかりで世間知らずのまま、ただ若者だからという理由で戦場にいるのだ。自分の乗る飛行機を見て、どこから乗るのかもわからないまま戦場に連れ出される。

「おれにとって、飛行はいつまでも一種の奇跡だ。わずか1年前までは、おれもクルーのほかの連中も飛行機の内部に入ることさえ一度もなかった。アールはその頃、ウィスコンシン州南東部の工業都市ミルウォーキーのガソリンスタンドでパートタイムの自動車整備工をやっていた。ケィヴィはワイオミング州のある大学に入っても、勉強そっちのけでガールフレンドとしょっちゅうもめていた。マウスはスコーキー高校を卒業してからのんべんだらりとその日その日を過ごしていた。そしておれは、ニューヨーク州の港町バッファローの薄汚れた印刷所で時給40セントの法定最低賃金で植字工見習をしていた。すいぶん働いたものだ。何時間残業したかわからない。その他の連中も似たり寄ったりだ。エリクセンはカンザス州のウィチタという町のポンプ製造工場で保管室管理係をしていたし、スカイルズはオハイオ州北東部の都市アクロンのとあるタイヤ工場の船積み埠頭で汗水垂らして働いていた。コンラッド・ロペスはカリフォルニア州東南部の農耕地帯インペリアル・ヴァリーで、山盛りの農作物ならどんなものでも摘み取る仕事についていた。…側面銃座の銃手ジョージョー・クーパーとフェアレス・フォスディックはどちらも田舎育ちで、ジョージョはニューヨーク州ラインベック郊外の小さな酪農場の息子、フェアレスはサウスダコタ州ヒューロン湖近くで384エイカーの大豆とトウモロコシ畑を経営する農家の息子だ。」
学校を終えてさまざまな仕事についたばかりの若者たちが全米から志願してきた(ちなみに私の父も自動車整備工の見習いをしていて17歳で海軍航空隊を志願した同世代だった)。

B17の搭乗員は全部で10人。機長、副操縦士、上部旋回銃手兼航空機関士、航法士、通信士、爆撃手、右側面銃手、左側面銃手、尾部銃手、下部旋回銃手である。基本的には固定したクルーで飛ぶが新人教育や体調などの都合でメンバーが交代することもある。

夏季、出発前の爆撃機の中はセ氏52度、湿度100%。それが30分後に高度21000フィートに達すると零下7度。しかも機関銃を打つために窓が開放されていて機内で風がふきまくっている。冬季には、零下50度以下になることもある。簡易トイレはすぐに小便で凍りつく。飛ぶだけでも過酷なのだ。

「われわれがここにいるのは重大な仕事をやるためだ。敵を破壊するためだ。もうすぐわかるだろうが、その敵は強敵だ。敵は力と装備を持ち、諸君を殺そうと決意している。諸君が絶対にあてにしてよいものがひとつある。それはつまり、わたしがいまこの部屋で見ているきみたち無邪気な若者のうち数名は必ず殺されるだろうということだ。」・・・新人のクルーに向けての中隊長ハータクの言葉だ。そして、その言葉通りに仲間がいなくなっていく。

ドイツ本土爆撃では、50~70 万を超える連合軍の爆撃機がドイツに出撃し、約 164 万トンの爆弾が投下されたという。ドイツのあらゆる軍事施設や軍需工場、そして都市への無差別爆撃が行われた。連合軍自身の損失は、約15,600 機と約 10 万人の乗組員だった。ドイツ側は防衛で 57,000 機を失ったと記録されている。この爆撃では、多くの民間人も巻き添えにされたが、戦場に駆り出されたのはそのことの意味もわからない若者たちだ。ただただ、死の恐怖に押しつぶされそうになりながら出撃を重ねる。1回の出撃で半数の仲間が死ぬこともある。その出撃を繰り返し、35回のミッションをこなせば本国へ戻れる。

訳者によれば、作者サム・ハルパートは自分の体験をもとに77歳ではじめてこのフィクションを書いたという。若者たちのみずみずしい心情がよく伝わってくるのでどんな作者なんだろうと思っていた。あとがきにこのように書かれている。
ニューヨーク市ブルックリンに生まれる。B‐17の航法士として35を超えるドイツ爆撃ミッションに従事。戦後は教師・印刷技術者として活動。定年後はフロリダ州マイアミで暮らす 。
また、「私たちがレイモンド・カーヴァーについて語ること」という本を書いており、村上春樹さんが訳している。


画像2

B-17(ボーイング・フライング・フォートレス)
アメリカ軍の長距離爆撃機。1200馬力のエンジンを4機装備している。また、防御のための12.7mm機関銃を13機搭載しており、全方位に対して敵からの攻撃に対抗できるようになっている。第二次世界大戦前に開発されたが、墜落事故や不具合で制式採用にならず、長い間放置されていた。しかし、第二次世界大戦勃発とともに大量生産されて戦線に送り込まれた。重武装とタフさで大戦を通して活躍した。最終的に12000機以上が生産された。尾翼を失ったり、エンジンが2つ止まっていたり、大被害を受けながらもかろうじて飛んでいる写真や動画がたくさん残されている

画像3

これは北アフリカ戦線でのメッサーシュミットBF109と衝突したあとも飛び続けたB17の写真。タフさがわかる。

B17によるドイツ爆撃行は、映画や小説によくとりあげられている。TVシリーズもあった。「頭上の敵機」「メンフィス・ベル」が映画として有名だ。

「リアル・グッド・ウォー」
サム・ハルバート 著
栗山洋児 訳
光人社NF文庫 2003


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?