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「どこでもドア」があったら何に使いますか?

この夏、一度も海の水を触っていない。
だからといって何が変わるわけでもないのですが、福井県美浜町の海を触りながら、なんとなくそう思っただけ。
水温は高め、透明度よし。

浜辺に「どこでもドア」が置かれていました。
世界へつながるドア、未来へつながるドアをイメージしているらしい。
鍵がかかっていたけれど。

遅刻しそうな時、トイレを我慢している時、
「どこでもドアがあったらなぁ」
 人生の中で何度、思ったか数えきれません。

以前、会食時に、「どこでもドア」があったら何に使いたいかといった話になったことがあります。
その時、「未来」と「旅」での使い方で議論になりました。
議論といっても酒を飲んでいる席だったので、たいしたことはないんですけどね。

自分の会社の未来を見てみたいとおっしゃった方がいました。
「もし、ドアをあけたら、倒産して会社がなくなっていたらどうすんだよ?今、やめる?」
 と質問が出て、唸ります。
倒産するとわかっていても続けちゃうかもなぁ。
いや、どこでもドアが連れていってくれる確率性の問題だよなぁと議論が逸れていきます。

普段、分刻みで忙しく、まとまった休みが取れない方は、「旅」に行きたいとおっしゃいます。
「旅は移動の過程も含めて楽しいんじゃん!」
 と反論されました。
僕も旅の過程が好きなので、賛成なのですが、あまりに総攻撃を受けているので、かわいそうになり、どこでもドアは違う旅の楽しみ方ができるんじゃないかと提案します。

どこでもドアを使って一日で世界一周できたら、その日の地球全て味わえることになるのですから、それはそれで面白い。
2年ほど前、飛行機の乗り放題チケットで、2日で日本一周に近い旅をした時、面白かったんだよなぁ。
でも、あれは移動の過程が楽しかったんでした。
今の僕にとっての「どこでもドア」を使った感覚になるのは、深夜バス。
東京に乗る時、眠り、起きた時、雪景色の新潟や青森を目にした時は興奮します。

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