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無理と言わなくなった理由

「兄やんは逃げるからなぁ」
 面倒になった時、あきらめそうになる時、昔、彼女に言われた発言を思い出すことがあります。
 
彼女と出会ったのは1999年のニューヨーク。
名門大学で物理を専攻していた彼女は、タップダンスに出会い、築地の魚河岸で働いて資金を貯め、アメリカに渡りました。
しかし、間もなく、泥棒に入られ、ほぼ全財産を盗まれたのです。
「服も盗まれちゃって」
女性ファッション誌の取材にジャージの上下で現れたことを覚えています。
 
その後、僕がニューヨークを訪れる度、または彼女が来日する際、会うようになりました。
互いに人見知り同士、ひっそり、こじんまりと。
 
ある日、彼女からオーディションの最終面接に残ったメールをいただきました。
そのオーディションは、モップやゴミ箱の蓋、ジッポライターなど身の回りにある物を使ってリズムを生み出す人気のオフブロードウェー作品「STOMP」。
「がんばってね~」
 と返信したものの、正直、受かるとは思っていませんでした。
僕は来日公演を拝見していて、世界最高峰のパフォーマンスに感銘を受け、日本人のリズム感覚では無理だと思っていたのです。
 
「兄やん、受かったよ~。人生って楽しいね」
 
数か月後、彼女は日本人で初めてSTOMPの正規メンバーに選ばれ、
その後、中心メンバーとして活躍し始めます。
僕は、あの日以来、他人の挑戦に「無理」という単語を使わなくなりました。
それでも自分は、
「そんなの無理だよ」
 と時折、逃げ出そうとしてしまいます。
そんな時、最初に書いた彼女の言葉を思い出します。
 
世界一周している際、
様々な国の映画館を訪れると、
最初に流れるドルビーシステムのCMで彼女が登場し、
その度に誇らしい気分になりました。

彼女の人生はハリウッドで映画化され、
彼女が率いる「鼓舞」はじめ、
あいかわらず面白そうなことをやっているようです。
 
昨晩も、いつのものように、ひっそり、こじんまりと。
隠れ家的なビストロで、
いつものように泣くほど笑いました。
 
昨晩、聞いたら渡米20年になるのだとか。
酒を飲まなかった彼女がワインに詳しくなり、
チョコばかり食べていた偏食家の彼女が様々な料理を美味しそうに食べていて驚かされました。

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