電話越しの声

”世界一好きだった女”から2年振りにラインが来た。
10年過ごした関東から地元に帰ってきたらしい。
俺はとっくの昔に振られてるから「結婚まで考えてたあの彼氏とは別れたの?」とは聞けなかった。

彼女の声が好きだった。
いつ電話しても「急にどうしたの?」とすっとぼけた声を出す。
誰よりも優しいのに、優しさを見せまいとする努力すら見せない、そんな声を聞きたくてよく電話をかけた。
電話する時はいつも「彼女の声を聞きたい」以外の目的がなかったので、理由を探すのにとても苦労した覚えがある。

久しぶりに彼女の声が聞きたくなったが、なんとなく「今電話しても彼女は出ないんじゃないか」と思った。
彼女は昔から滅多に電話に出ないし、折り返しも滅多にない。
そのくせに理由もなく急に電話を鳴らしてきたりする。
その電話に出られなかったら折り返しても出ないので、彼女と電話できるのはかなり珍しいことだった。

彼女との日々をこれまでの人生で何度反芻しただろう。
ままならぬからこそ素晴らしいのが恋なら、きっと彼女は恋そのものだった。

ふと「だから彼女は電話に出なかったのではないだろうかと」そんな風に思えてきた。
彼女はどうしようもなく”ままならない存在”だったから。
振られてから5度目の春が来ている。
「やっぱり電話してみよう」
もう俺も前に進んでるんだってこと、伝えないといけない。

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