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「君の涙を無駄にしたくない」 (リーグ第25節・サンフレッチェ広島戦:1-1)

 あれは今から10年前、2011年の夏のことだ。
相馬直樹監督に率いられていた川崎フロンターレは、リーグ戦8連敗という泥沼に入っていた。もちろん、クラブワーストだ。

 全てがうまくいかない。
まるでそんな感覚だった。8連敗を喫してから、中二日で臨んだアウェイでのモンテディオ山形戦(第26節)。決勝弾を決めたのは、この年にブレイクした小林悠だった。当時は、まだ大卒2年目の若手FWだ。

 味方からのカウンターに飛び込み、スライディングシュートでネットを揺らす。そして守備になれば、虎の子の一点を守り切るために奮闘。そうやって苦しみ抜いた末に勝ち点3を掴んで、ようやく連敗を8で止めた。

 試合後、山形まで駆けつけたサポーターに拡声器で挨拶するとき、彼の目に涙が流れていた。あれは何の涙だったのか。

「あれは、うれしさの涙ですね。サポーターがあれだけ山形に駆けつけてくれて、純粋にすごくうれしかったんです。あとは相馬さん、オニさん、今野さん、周平さん、矢野さん、イッカ・・・この連敗中、あえてミーティングをしなかったり、いいプレーの映像だけを見せたり、本当になんとかして勝たせようとしてくれていた。でもそこまでしてくれているのに、なんで自分たちは応えられてないんだという、苛立ちが自分の中にあって・・・それがようやく実って、チームが勝てたことが本当にうれしかった。それと試合が終わったときの安心感・・・もう疲れ切ってぐったりしていたんですけど、なんだか自然と涙が出ていました」

 そしてサポーターの前で、涙とともにこんな決意表明をしている。

「もっと・・・みんなに頼られるフォワードになれるように頑張ります」

 あの涙から6年後の2017年。
あまりに劇的だった初優勝を遂げた最終節で、彼はプロ初のハットトリックを達成した。その腕には、キャプテンマークも巻かれていた。この年の得点王とJリーグMVPを受賞している。誰もが認め、みんなから頼られるフォワードになっていた。

 そして2021年8月。
雨が降り注いでいたエディオンスタジアム広島で、引き分けを告げるタイムアップの笛がなり響いた後、DAZNの中継カメラが写していたのは、ピッチにうずくまる旗手怜央の姿だった。

 頭を抱えていたので、涙を流していたかどうかはわからない。
ただ悔しさを噛み締めながら、泣いているようにも見えた。佐々木翔に声をかけられてから、ようやく立ち上がって整列していった。

 奇しくも、現在の旗手怜央は、大卒2年目の選手だ。そしてあの姿は、あの時の小林悠と同じ思いを背負い始めているようにも重なった。実際、東京五輪から戻ってきて、彼の中で何かが大きく変わり始めていたのはプレーを見ているだけでも伝わってくるほどだ。

 こうした変化は周囲の証言からも垣間見れる。

(※8月23日、後日取材分を追記しました)

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