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不易流行|月刊『致知』8月号(2021年) ◎意見判断 本気の防災で 命を守る〜災害を避けられない時代を生き抜くために〜|2022.1.27


気象クライシスは いま最も警戒すべき災害


 二〇一八年の西日本豪雨、昨年、九州地方を襲った台風十号を挙げるまでもなく、毎年七月から九月にかけて発生する線状降水帯(強い降水量を伴う雨域)や台風は年々威力を増大させています。 ここ数年の災害の傾向を見ると東日本大震災、熊本地震を除いて特に大きな地震はいまのところ発生していません。しかし、防災関係者の間でいま新たな脅威とされているのが、線状降水帯や台風をはじめとした「気象クライシス」です。気象クライシスによる被害は年々増加傾向にあり、一般的に認識されているよりも遥かに事態は深刻化しているのです。 千葉県君津市で電柱が約二千本倒れ、地域一体で大規模な断水と停電の被害があった一昨年の台風十五号はその一例です。今後は毎年どこかの地域で同規模の被害が発生するのが当然の時代になることを覚悟しなければなりません。  

 気象クライシスの大きな要因は、CO2の排出による地球温暖化とそれに伴う海面上昇です。対策としては、原因であるCO2の削減のために火力発電から他の発電に切り替える、日常的にプラスチックを使わない、ガソリンを使わないなど、国や個々人の選択にかかっています。しかし、なかなか一般に気象クライシスとCO2の削減が結びつかないのが現状です。

被害が予測されているのに 避難できない住民たち


 私は二〇一一年三月に一般社団法人「助けあいジャパン」を立ち上げ、全国各地を回って復興と防災に関わる活動をしています。その中で、政府や自治体が事前に被害想定や避難の情報を出していても、住民が避難せず、被災してしまうケースを多く見てきました。 例えば、先に挙げた西日本豪雨では、西日本を中心に広範囲かつ同時多発的に河川の氾濫、がけ崩れが発生しました。国土交通省のデータによるとこれによる死者は二百二十三名、行方不明者八名、家屋の全半壊等は二万六百六十三棟でした。中でも岡山県の真備町では、大雨による水位の上昇で河川が決壊し、五十一名が死亡する被害に見舞われました。

 現地で支援する中で分かったのは、真備町では二年前から自治体がハザードマップを配布しており、洪水浸水想定区域と実際の浸水範囲が完全に一致していたということでした。自治体が災害死を未然に防ぐための措置として配布したハザードマップ通りに住民が避難すれば、死者数はゼロのはずです。しかし、実際には多くの人の命が失われました。

 私はここにいまの日本の災害死の問題があると考えています。 突発的に起きる地震は防ぎようがありませんが、これまでの研究データからある程度までは被害を予想できるようになっています。気象問題に関しても宇宙からの衛星情報により事前に被害予測を立てられます。それらを可視化し、ハザードマップや報道などで住民に届けるところまではできているのですが、そこからのアクションができていないのです。どんなに技術が発達しても日本で相変わらず災害死が絶えない原因はここにもあるのです。 住民が避難できない理由は高齢で動けない、足を悪くしている、ペットを飼っているなどの個々の事情や、「私だけは大丈夫」と思って動かないなど様々です。

 情報を発信する自治体やメディアはこれらの理由と一つひとつ向き合い、住民が受け取った情報を実行するまでフォローする責任があります。アメリカをはじめ諸外国は災害で避難すべきところを避難しなかった場合は重い罰則を下していますが、日本でも自治体やメディアのモデル自体を見直していく必要があるのではないでしょうか。

災害関連死が 直接死の四・四倍


 ここでもう一つ指摘しておきたいのが、実は災害死よりも災害関連死のほうがより深刻な問題だということです。二〇一六年に熊本地震の支援で現地入りした際に、地震での直接死が五十人、災害関連死が二百二十人と聞き、関連死のほうが四・四倍もある実態を目の当たりにしました。

 災害関連死は、避難後に感染症などが原因で引き起こされます。災害関連死を防ぐための三種の神器は「T=トイレ」「K=キッチン」「B=ベッド」といわれていますが、特にトイレは被災地で圧倒的に不足しています。 せっかく助かった命なのに、トイレの衛星問題が原因で感染症に罹ったり、不潔なトイレを避けて水や食料の摂取を控えてしまうことで、持病が悪化して命を失ってしまう方が大勢いらっしゃいました。当団体では各自治体と協力してトイレトレーラーを設置し、災害が起きたら近くの自治体間で協力し合って被災地に清潔なトイレを提供できる仕組みづくりを推進しています。
 
 日本の国債がこのコロナ禍で一千兆円を超え、自治体の職員数もピーク時よりも約十六パーセント減少しました。財政難と人手不足で一つの自治体が単独ですべてを揃えるには限界があります。共有できる有効な財はシェアリングエコノミー(共有経済)として皆で持ち合うことが必須になってきます。トイレトレーラーは一例に過ぎませんが、災害対策設備も他の自治体同士で助け合えるネットワークをつくることが今後重要性を増してくるのです。

押さえておきたい 具体的防災対策


 では、今後予測される災害に備えて具体的にどのような防災をするべきか。本欄ではポイントを四つに絞って紹介します。 一つ目は、いざという時のための「近い疎開」「遠い疎開」を事前に決めることです。大雨や台風の場合、一晩すれば通り過ぎるため、あえて遠くまで避難する必要はありません。例えば、私の自宅が多摩川の河川敷の傍にあり地下が水没しました。事前に人二人と車二台と猫二匹を預かってくれる疎開先を近所に用意していたので命に別状はありませんでした。「避難指示が出たら、一緒にお鍋でもつつこうよ」と言えるような実家や友人を日頃から探しておくのです。 これに対して、地震や津波で住んでいる地域が壊滅状態になるなど、長期にわたって機能不全に陥った場合、その地域から離れた安全な地盤の疎開先を見つけておくことが「遠い疎開」です。可能であれば東と西で各一か所ずつ疎開できる場所を探しておきましょう。

 二つ目は、自宅で二週間生活できるための用意をしておくことです。東京は首都直下型地震が起きると七百万人の避難民が生まれると言われています。しかし、少子化で小学校が減少していることもあり、指定避難所で実際に収容可能な人数はおよそ二百万人です。加えて、コロナ禍では三密を避け、感染リスクを抑えるためにこれまでよりも約四倍のスペースを要することから、実際に避難できるのは五十万人という計算になります。 そのため、残りの六百五十万人は先述の疎開先で生活をするか、自宅に住める場合は自宅での避難生活を送ることになります。大規模災害の場合は首都のあらゆる機能が麻痺し、自衛隊、警察、消防などの救助は難航して二週間以上かかると予測されます。そのため、自宅で二週間生活できるための備えが必要なのです。 二週間を想定して日用品を少し多めにストックしておくことに加え、定期的に備蓄した食料を入れ替え、常に新しい食料を備蓄するローリングストックをすること。その際に懐中電灯やラジオなどは故障がないかを都度確認しておきましょう。 健康を維持するために大切なのは防災食だけでなく、二週間水が使えない時のトイレや口腔ケアの用意も欠かせません。水を使わない携帯トイレなど、清潔で安全な状況を保つ準備をしてください。

 三つ目は、企業がBCP(事業継続計画)の枠組みを広げ、社員の家庭にも防災のための配慮をすることです。一般に多くの企業では防災グッズを用意していたり、ラインが止まった場合の電気の供給先を確保したり諸々の対策を講じています。私がここで強調しておきたいのが、重要なのは社員の家族の命が助かり、元気に過ごせるかということです。 家族が元気であれば、社員は会社のために働くことができます。しかし、家族が危機的な状況になってしまえば、会社どころではなくなります。社員の家族をいかに守るかということまで考え、例えば、各家庭に災害用トイレを送るなどのケアをしていくことが企業に求められます。

 四つ目は、気象クライシスの大本の原因である環境問題に配慮した生活を送ることです。身近でできるのは太陽光パネルを設置し電力を切り替えること。太陽光発電であればたとえ二週間自宅で過ごすことになっても電力を確保できます。パネル設置スペースがない場合は再生可能エネルギーに切り替えることもできます。切り替えはWebサイト上で、たったの五分で設置できることをご存知ですか? また、生ゴミを出さないことも重要です。日本は焼却ゴミの処理に約二兆円かけていると言われますが、そのうちの一兆円は生ごみに使われています。生ごみは水分を多分に含んでいるため多くの火力を要し、大量のCO2を排出しています。具体的な対策としてはコンポストという生ごみを微生物や菌の働きで発酵・分解し堆肥化する容器を使い、生ゴミを乾燥させるか、土にして再利用しゴミを極力出さないことなどがあります。 この他にもガソリン車に乗らない、ペットボトル、プラスチックを使わないなど一人ひとりが日々コツコツと環境に配慮した生活を送ることがますます重要になってくるのです。

人生で一回だけ 本気で防災する機会を


 気象クライシスをはじめ、現代は改善すべき社会課題が山積の時代です。二〇一五年に国連サミットで採択されたSDGs(持続可能な開発目標)が一般にも広く浸透してきており、ここ数年で自治体や企業、NPOなどの異なる分野間で共同して社会課題を解決しようとするコレクティブインパクト型の活動が増えているのはよい傾向だと思っています。

 加えて、最近ではフェーズフリーという平常時(日常時)と災害時(非常時)の枠組みを取り外す概念が提唱され、企業では非常時でも使えるかどうかを視点に加えて商品開発をする動きも出てきています。いずれにしてもいざという時に備えた事前の準備が不可欠です。 一生のうちにせめて一回、集中して本気で災害時に生き延びるための仕組みを考えて準備してください。特に二週間自宅で生き残る手法は避難所でも応用できます。そして、真剣に準備した後は一度忘れて日常生活を楽しく過ごすことが防災の極意です。一度本気で防災対策をした経験があれば緊急時に落ち着いて行動できます。

 本欄で紹介した具体策を実行し、一人ひとりが安心して人生を素敵でユタカに過ごしてほしい。それが私の願いであり、防災を啓発する理由なのです。

一般社団法人 助けあいジャパン 代表理事 石川淳哉(いしかわ・じゅんや) 一九六二年大分県生まれ。一九八六年早稲田大学第二文学部卒業。一九九八年株式会社 dreamdesign設立、代表取締役社長。二〇一一年三月一般社団法人 助けあいジャパン設立、共同代表理事。翌年公益社団法人認定。その後返上(日本で唯一)。二〇一七年より官民連携の災害派遣トイレプロジェクト「みんな元気になるトイレ」を推進。防災士。

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