1.2 群の1次元多様体への作用のregularityの研究を最初に言い出したのは誰なのかしら

 Benson Farbらしい…(言い出した上でFranksと共同で研究した)というのをどこかで読んだ気がするのですが,noteに書く前にsourceを当たったら見当たりませんでした.そもそも冷静に考えたらKerckhoffのNielsen実現問題の解決とかに遡ったりする気もしますし,深く考えないことにしましょう.

 前回↓の続きです.



Background

 今回の内容は論文紹介,というかいくつかの結果を集約してまとめておくというものです.テーマは直角Artin群$${A_{\Gamma}}$$の1次元多様体への作用です.

 $${\Gamma}$$を単純グラフとします.つまり両端点が等しい辺や,同じ2頂点を結ぶ辺が複数無いやつです.単純グラフ$${\Gamma}$$の頂点集合を$${V=V(\Gamma)}$$,辺の集合を$${E=E(\Gamma)}$$とします.ここでは,$${E}$$は$${V\times V}$$の対称的な部分集合と考えることにし,diagonalは含まないとします.
 単純グラフ$${\Gamma}$$が与えられたとき,$${\Gamma}$$に付随する直角Artin群$${A_{\Gamma}}$$を次で定義します.
  $${A_{\Gamma}=\langle V(\Gamma); \text{各}(v, w)\in E(\Gamma)\text{について}vw=wv\rangle}$$.
 単純グラフ$${\Gamma}$$が完全グラフ,つまり全ての2頂点の間に辺がある場合,$${A_{\Gamma}}$$は自由abel群になります.逆に単純グラフ$${\Gamma}$$に辺が1本もない場合,$${A_{\Gamma}}$$は(非可換)自由群です.

 前回に続いて,
・$${M}$$は区間$${[0, 1]}$$か円周$${S^{1}}$$または直線$${\mathbb{R}}$$
とします.
 直角Artin群が1次元多様体に忠実に作用する($${M}$$の向きを保つ同相群に埋め込める)ことは古くから知られていたようです(Duchamp-Thibon '92).すると"微分可能な忠実作用が可能か"という問題が次に考えられます.Farb-Franksの論文では,この問題を直角Artin群に限らずいろんな群について調べているようです.とりあえず,ここでは直角Artin群についてのみ書いていきます.
 Farb-Franksは直角Artin群の同相群への埋め込み可能性の主張をより強くして,$${{\rm Diff}_{+}^{1}(M)}$$に埋め込めるということを示しました.そこからしばらく時期が空くのですが,割と最近になってKim-KoberdaやBaik-Kim-Koberdaで$${{\rm Diff}_{+}^{r}(M)}$$に埋め込める直角Artin群の分類が完了しました.また,実解析的な場合はAkhmedov-Cohenが調べています.

 その辺の結果をまとめると次のようになります.
 $${{\mathcal K}_{1}}$$を完全グラフのなす族とし,$${{\mathcal K}_{2}}$$を有限個の完全グラフの非交和のなす族とします.更に,$${{\mathcal K}_{3}}$$を$${{\mathcal K}_{2}}$$に含まれる有限個のグラフのジョインのなす族とします.以降も非交和とジョインを交互に繰り返しながらグラフの族の増大列$${\{{\mathcal K}_{n}\}}$$を定義できますが,今回は$${{\mathcal K}_{3}}$$までしか話題にしません.

 定理1.7 (Farb-Franks '03, Kim-Koberda '18, Akhmedov-Cohen '15)
1. 任意の$${\Gamma}$$について直角Artin群$${A_{\Gamma}}$$は$${{\rm Diff}_{+}^{1}(M)}$$に埋め込める.
2. 次は同値である:
 ・$${\Gamma\in{\mathcal K}_{3}}$$,
 ・$${A_{\Gamma}}$$が$${{\rm Diff}_{+}^{1+{\rm bv}}(M)}$$に埋め込める,
 ・$${A_{\Gamma}}$$が$${{\rm Diff}_{+}^{\infty}(M)}$$に埋め込める.
3. $${\Gamma\in{\mathcal K}_{2}}$$であることと,$${A_{\Gamma}}$$が$${{\rm Diff}_{+}^{\omega}(M)}$$に埋め込めることは必要十分である.

区分線型の場合

 では$${{\rm PLF}_{+}(M)}$$への埋め込み可能性はどうかと考えたとき,定理1.3があるので$${M=[0, 1]}$$または$${M={\mathbb R}}$$の場合は既に解決しています.(非可換)自由群は埋め込めないので,$${{\rm PLF}_{+}(M)}$$に埋め込めるための必要十分条件は$${\Gamma\in{\mathcal K}_{1}}$$です.
 一方で,$${M=S^{1}}$$の場合,Thompson群$${T}$$でも(非可換)自由群を埋め込めることが古くから知られており,問題は未解決と考えられます.命題1.2はこの問題に対する部分的な解答でした.

 この時点で次が分かります.

 命題1.8
 $${A_{\Gamma}}$$が$${{\rm PLF}_{+}(S^{1})}$$に埋め込めるとき,$${\Gamma\in{\mathcal K}_{2}}$$.

 [証明] 
 $${v_{1}\in V(\Gamma)}$$を1つとり,$${v_{1}}$$及び$${v_{1}}$$と直接辺で結ばれている頂点からなる(induced) 部分グラフを$${\Gamma_{1}}$$とする.命題1.2より$${\Gamma_{1}}$$は完全グラフであり,更に再び命題1.2より$${\Gamma_{1}}$$の頂点と$${\Gamma_{1}}$$以外の頂点を結ぶ辺は存在しない.
 $${\Gamma\setminus\Gamma_{1}}$$でも同じことを行い,部分グラフ$${\Gamma_{2}}$$を得る.以降も同じことを繰り返すと,(手順が有限回で終わり)$${\Gamma}$$は有限個の完全グラフの非交和に分解される.よって$${\Gamma\in{\mathcal K}_{2}}$$.

 というわけで,次に考えるべきは逆に"任意の$${\Gamma\in{\mathcal K}_{2}}$$に対して$${A_{\Gamma}}$$が$${{\rm PLF}_{+}(S^{1})}$$に埋め込めるか"という問題です.次のfactがあります.

 命題1.9 (Kim-Koberda '18, Akhmedov-Cohen '15)
 $${K_{1}, K_{2}, \dots, K_{l}}$$を完全グラフとし,$${L=\max\sharp V(K_{i})}$$とする.
 $${\Gamma=K_{1}\sqcup K_{2}\sqcup\dots\sqcup K_{l}}$$とすると,直角Artin群$${A_{\Gamma}}$$は$${{\mathbb Z}^{L}\ast{\mathbb Z}}$$に埋め込める.

 証明は省略しますが,埋め込みを具体的に構成できます.
 そんなわけで,次の予想が焦点となります.

 予想1.10
 任意の正の整数$${k}$$について$${{\mathbb Z}^{k}\ast{\mathbb Z}}$$を群$${{\rm PLF}_{+}(S^{1})}$$に埋め込める.

 何らかの主張の形にしたかったので予想としましたが,特に正しいとも正しくないとも思っていません.もちろん$${k=1}$$のときは正しいです.
 予想が全面的に正しくない,つまり$${k=2}$$で埋め込めない場合,$${{\rm PLF}_{+}(S^{1})}$$に埋め込める直角Artin群は自由abel群と(非可換)自由群のみとなります.
 一方,予想が正しい場合,直角Artin群$${A_{\Gamma}}$$を$${{\rm PLF}_{+}(S^{1})}$$に埋め込めるための必要十分条件は$${{\mathcal K}_{2}}$$となります.
 予想の真偽は分かりませんが,折角なので後者の方が面白いと思っています.

いいわけ

 予想1.10が正しいと仮定してそれを証明しようとしましたが、うまくいきませんでしたので,言い訳をしていきます.

 予想1.10が正しいことを示そうとする場合,具体的な部分群を構成したいです.そこで(非可換)自由群を円周の同相群に埋め込む場合に倣おうというのは自然な発想でしょう.自分の知っている埋め込み方は2つあります.

 1つ目は有名なやつで,Margulisのping-pong lemmaを使うやり方です.円周への作用でよくやるのはsourceとsinkを作ってやる方法ですね.ping-pong lemmaでは$${S^{1}}$$の部分集合に生成元を作用させたときの像が適当な条件を満たしていれば忠実であることが従うので,もしこれでうまくいくなら(かなり変な部分集合をとるならともかく普通に有限個の部分区間とかで構成すると)Thompson群$${T}$$でも$${{\mathbb Z}^{k}\ast{\mathbb Z}}$$が埋め込めることになってしまいそうです.Thompson群$${T}$$に$${{\mathbb Z}^{2}\ast{\mathbb Z}}$$が埋め込めないことは知られている(Bleak-Salazar-Díaz '13)ので,この方針は実現しなさそうに感じています.

 2つ目は,初めに$${{\mathbb Z}^{k}}$$を埋め込んでおいて,相方の$${{\mathbb Z}}$$の生成元がとれることを示す,という方針です.Kim-Koberdaではgenericに元をとってくれば相方になる,というような書き方をしています.
 これについては
・予め群$${{\mathbb Z}^{k}\ast{\mathbb Z}}$$のwordを整列させておく
・適当に元$${g}$$をとってくる
・自明になるwordがあれば$${g}$$を微修正することを可算回繰り返す
みたいなことかと理解しています.Blass-Kistar '86で似たようなことをやっていましたので.
 この論法は(微分)同相群の完備性が肝になっているように思います.可算回の修正ってことは極限操作でしょうからね.そうすると$${{\rm PLF}_{+}(S^{1})}$$は完備じゃないので同じことをするのは厳しそうです.

小学生並の感想

 ちょっと短いのですが,キリが良いのでここまでです.後は$${{\mathbb Z}^{k}\ast{\mathbb Z}}$$だけ,となったところから進展がなく数年が経ってしまいました.

 途中で使った主張について幾らか.命題1.8の証明はオリジナルでなく,ほぼほぼCorwin-Haymaker '16の議論そのままです(双対をとっただけ).この議論は「中学への算数」2018年11月号の中数オリンピックの記事内でも使われています.小学生でも分かる簡単なお話なんですが,割と好きな証明です.こういう論法って名前がついてたりするんでしょうかね.無限降下法とも似た雰囲気がありますが,少し違います.

 命題1.9の証明はKim-Koberdaのpreprintを読んだとき理解できなかったものです."Akhmedov-Cohenに書いてあるからヨシ!"ということでKim-Koberdaの理解は諦めていたのですが,出版されたversionではKim-Koberdaの議論も修正されてAkhmedov-Cohen寄りの説明になってました.査読で何かあったんですかね…

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