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メイド喫茶の変わったお客さんについて

メイド喫茶に攻略法があるとしたら、それは「どこに座るか」だと思っている。
メイド喫茶に行ったのなら、やはりなるべくメイドさんとコミュニケーションを取りたいと思うのがオタクの性(さが)である。
そのためには、メイドさんの定位置(とくにオーダーを運んだりしていないときにとりあえずいる場所)の近くに座ることが重要だ。
メイドさんの定位置に近い席に座ることができれば、たくさんおしゃべりできるし、逆に隅っこの席に座ってしまいほぼ放置されて終わるみたいなこともあり得る。
店によっては良いあんばいにメイドさんが隅の席まで喋りに回ってきてくれるところもあるけれど、そうじゃない場合は、座る席によって同じ料金でも天と地ほどのサービスの差が起きやすい。
なので、店に入った瞬間に、客はどこに座るべきかを瞬時に分析しなければならない。
そしてその際にもうひとつ気にしなければならないのは、変わったお客さんだ。

メイド喫茶の客は変わった人が多い。
変わったお客さんの「変のタイプ」にもよるけれど、基本的には皆、純粋でいい人だ。
確かに変わってはいるが悪意的な迷惑行為もしないので、店側もとくに入店を拒むこともない。
ただ、「メイドさんの足を止めさせて延々と自分の言いたいことをひとり語りをする『壊れかけのレディオ』タイプ」のお客の近くにはメイドさんは居たがらない。
そのため、そのお客さんの近くに座るのは得策ではないのだ。
僕もメイド喫茶に通い始めた頃はまだ目利きが甘く、気づかずに変わったお客さんの横に座ってしまうことがちょいちょいあった。(その場合はメイドさんと喋れない上に、お金を払ってそのおじさんの話を延々聞かされるだけという罰ゲームを受けることになる)
しかし、僕はそこでめげずにメイド喫茶に通って経験を積んで、ちゃんと入店した瞬間、秒でベストプレイスを判断できるように成長した。
メイド喫茶を通じて、僕は継続の大切さを学んだのだ。

ただ、そんな僕でも変わった客を避けられないときがある。
あとから入ってきて僕の隣に座った人が変だったパターンだ。

その日は全体的に混んでいたので、メイドさんはどこに留まることもなく忙しそうに動いていた。
一応、僕は喋りやすいカウンター席を陣取ってはいたが、もうこの場合は、どの席だろうと落ち着いてメイドさんと喋るのは難しいだろうと判断してノートパソコンを開いておとなしく書き物をしていた。
そうしていると僕の右隣の席に40代なかばぐらいの男性客がやってきてた。
男性客は注文を済ませたあと、動き回るメイドさんをチラ見してボソボソと独り言を言い始めた。
ひとこと、ふたことではなく、ずっと喋っている。

(なるほどね。思ったことを頭に留めておけなくてこぼれちゃうパターンの人ね)

僕は書き物に集中したかったのでイヤホンで耳を塞ごうと思ったが、メイド喫茶でそれをやるとメイドさんがマジで寄ってこなくなるので、しょうがないから耐えることにした。
イベントメニューを見ながらなにかボソボソ言っているが細かいところまでは聞き取れない。
小さく笑っているので、楽しそうではある。
僕の書き物は進まない。
どうしたものかなぁと考えていたら、もうひとり男性客がやってきて、今度は僕の左隣に座った。
そして、彼もまた独り言を言い始めたのだ。

挟まれた。
これはもうチェックメイトである。
こうなると完全に書き物どころではない。
こうなったらいっそ僕も独り言を言うべきなんじゃないのか。
はたから見たら三人で楽しそうにおしゃべりしてるように見えなくもない。

そんなことを考えていたら、どちらからというわけでもなく、ピタリと独り言がやんだ。
たぶん独り言プレイヤーが自分以外にもいるということを認識したことで、黙ったんじゃないかと思われる。
平和で静寂な時が訪れた。

なんだよ、黙れるのかよ!
と、僕は心のなかでツッコんだ。
なんだかコントみたいだ。

もしかしたら、彼らは『思ったことを頭に留めておけなくてこぼれちゃうパターンの人』ではないのかもしれない。
あの独り言は、独り言に見せかけたメイドさんの「どうしたんですかぁ〜?」を期待したアプローチで、ある種の戦術だったのかもしれない。

※オタクたちはメイドさんにかまってもらうために、テーブルにグッズを並べるなど様々なアプローチをすることがある。

まぁ、その戦術を選択する段階で変わった人という見方もできなくもないけれど、そもそも、どこからが変でどこからがまともかという線引は難しい。
言ってしまえば僕もメイド喫茶の常連になっている段階で、世間から見たら変わった人なのかもしれない。
そういえば以前、友達に「風俗にハマってる○○はまだ理解できるけど、メイド喫茶にハマってる石橋は理解できない。」と言われたことがある。

そんなことを考えていたら僕の右隣の人が帰ってしまった。
そして、それと同時に僕の左隣の人はまた独り言を再開した。
メイドさんは忙しそうに新規のお客さんを案内している。
我々の前にやってくることは当分なさそうだ。
僕はノートパソコンを静かに閉じて、忙しそうにしているメイドさんを目で追いかけた。
メイド喫茶でどこに座るかは本当に難しい。

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