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冷戦時代の負の遺産 世界初の通信衛星Telstarを機能不全にした軌道上の高エネルギー粒子を“お掃除”する計画

宇宙開発ライターの秋山文野です。2020年、note始めました。記事未満の宇宙関連トピックやサイエンスニュース、書籍のことを書いていきます。

Science誌2020年1月3日号に載っていた気になる記事。「U.S. military tests radiation belt cleanup in space」とあり、放射線帯から何かを一掃するように読めます。

1962年7月9日、アメリカはハワイ沖で1.45メガトンの水素爆弾による高高度核実験Starfish Primeを行い、ヴァン・アレン帯の名で知られる地球周辺の放射線帯から高エネルギー粒子を低減するはずでした。ところが核実験で減るどころか、ヴァン・アレン帯はますます活性化してしまい、まもなく打ち上げられたAT&Tベル研究所/NASAの通信衛星Telstar 1号の機能を破壊してしまいます。衛星中継という通信の可能性を広げるはずだったTelstar 1号はわずか7カ月で運用終了してしまいました。(参考:Going Nuclear Over the Pacific|Smithonican magazine)

後にソ連の核実験でも同様のことが起き、軌道上に核エネルギーを与えると、高エネルギーの電子が磁場に補足されて人工衛星などに障害を起こすリスクがあることが判明しました。うかつに高高度核実験などできないわけです。もし自国で人工衛星を運用していない、かつ核兵器を持っている国であれば、ヴァン・アレン帯で核爆発を起こすと他国の衛星がどんどん機能しなくなるという環テロのようなことも可能になってしまうわけです(宇宙活動はしていないけれど核兵器は可能な国というのはあまり想像しにくいのですが、Scienceは北朝鮮を名指しです)。ただ、ヴァン・アレン帯の高エネルギー電子は、電波の影響で自然にエネルギーを放出することがあります。オーロラもその現れです。そこで、人工的に電波を照射してこのエネルギー放出radiation belt remediation (RBR)を起こし、リスクを減らそうという実験が計画されています。Scienceの記事はその計画の解説でした。

人工RBR計画では何をするのか

まずは人工衛星によるRBR計画。2019年7月に米空軍が打ち上げたDSX (Demonstration and Science Experiments)衛星は、80mものアンテナを2本備えた特徴的な形の衛星で、宇宙機の中でも記録的な長さです。ISSの太陽電池パネルを広げた大きさが108.5mなので、「無人の宇宙機では最大の大きさ」という微妙な記録を誇っています。DSX衛星はMEO(中軌道、高エネルギー電子の存在するヴァン・アレン帯の外帯にあたる)で超長波(VLF)の電波を照射し、落ちてくる高エネルギー粒子を測定するというミッションを実施します。小規模なRBRを起こしてみて、その影響を観測するということのようです。

続いて2021年4月に計画されているのは、Beam Plasma Interactions Experimentという実験。アラスカから観測ロケットに電子加速器を搭載して打ち上げ、高エネルギー放出を促進するという計画とのことです。

さらに2021年、観測ロケットでSpace Measurements of a Rocket-Released Turbulenceという実験も計画されているそう。こちらは電離層に1.5kgのバリウムを放出し、太陽光でイオン化されたバリウムがプラズマの帯を作り出し電波を発するというもので、原理は基本的にマグネトロン(電子レンジ)と同じとのことです。

こうしたエネルギー放出実験を重ねて、どの方法が効果やコストの点で実用的か、という検証を行います。ヴァン・アレン帯からエネルギー放出を行うとオゾン層を侵食するリスクがあるため、その検証も必要です。

いずれは、宇宙の環境を掃除する技術によって軌道上のリスクを減らせるようになっていくのだと期待されます。地味で解説が難しい計画ですが、宇宙放射線や宇宙天気と関わりのあるトピックとして追って行こうと思います。

https://youtu.be/EprSQsQ4K98


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