大好きだった芝居「ビューティフル・サンデイ」を思い出した

昔好きで好きでたまらなかったお芝居のことを思い出した。
タイトルは、『ビューティフル・サンデイ』という。
ジャニーズWESTの桐山君が、まだジュニアの時に、瀬奈じゅんさん、葛山信吾さんとやったらしい。記事を見つけた。

私がこのお芝居を観たのは、2003年のことらしい。第三舞台の「朝日のような夕日を連れて’91」をBSで観て、小須田康人さんという俳優さんを知ったことから始まる。当時大学生の私は、そこに出ていた、知っている勝村政信さん、筧利夫さんを差し置いて、大高洋夫さんと小須田さんにロックオンされてしまった。第三舞台を調べることで長野里美さんも知り、当時、堺雅人さんも大好きだった私は、長野さん、小須田さん、堺さんの3人芝居である『ビューティフル・サンデイ』を知った。
その上演時2000年2月、ド田舎の高校生でバスケットボールと勉強以外のことを何もしていなかった私は、当然演劇なぞとは無縁の生活を送っていて、その後、再演された、堺さんの役を武田光兵さんが演じた2003年版で、その物語を体験することになる。今はなき近鉄小劇場(多分)で確か観たのだけど、もう、泣いて泣いて泣いて泣いて、明日を生きられる、いや、あと1年くらい生きられるわと思ったのだ。演劇って、エンタメって、すごい。それを私に突き付けたのは、今考えても、この芝居だったなと思っている。この芝居が私の人生の転機だったといっても過言ではない。あの時私は、長野さんの演じたちひろ役を、いつか、歳を取ったら、出来る人になりたい。そう本気で思っていた。

結局、なんだかんだで演劇の近くにいた時代は終わって、ド田舎の地元に戻って、普通に暮らしているのだけれど、突然このお芝居のことを思い出したのは、コロナや地元での暮らしで「演劇」が恋しい私の精神状態と、年齢と、最近若手の俳優さんやジャニーズの方を見る機会が少し増えて、その流れでSnowManとSixTONESを知ったからだと思う。この浩樹という役は、本当に素敵な役で、役としてはもちろんのこと、若い役者さんがすごく成長できる役だと思う。感覚的には20代前半の俳優さんが30代後半から40代前半くらいの大人の熟練の役者2人に挟まれて、どう戦うか、という部分での興味。この芝居を潜り抜ければ、一回りも二回りも俳優として強くなる芝居。そういうイメージなのだ。

自分が大好きだった役の年齢と同じくらいか、下手をしたら超えてしまって、当然、長野さんと小須田さんもあの役の年齢ではもうなくて、演劇を生で感じること自体がかなり難しくなってしまった今の世の中で、あの大好きだった演目をもう一度観たいないう思いがふと頭をよぎった時、秋彦を堺雅人さん、ちひろは安藤玉恵さんで見られたらなぁ、なんて、脳内キャスティングが秒で行われた。
そうすると、浩樹を演じてほしい俳優さんって誰だろう、と当然なったのだけれど、ちょっと可愛らしい感じもある若手の方がいいのかなぁ、年齢というよりは、ちょっとだけ学生感がある人かなぁ、なんて考えて、教場Ⅱに出ていた杉野遥亮さんは似合うんじゃないかな。あ、教場つながりだと、SnowManの目黒さんも似合いそう。ジャニーズつながり同世代だと、SixTONESの松村さんか森本さんはイメージかな、ライアー×ライアーに出てた小関さんも多分似合うな、などと、最近目にした人達をぐるっとして、結果、ビューティフル・サンデイを観たい欲求だけが高まるという、不毛なことになってしまった。

全然関係ないけれど、調べてみたら、桐山さんが浩樹を演じたのが月9流れ星の2年後で、20代前半でこの役をされていたようで、流れ星を見たとき、上手だなぁ、この人は多分俳優さんをたくさんされるのだろうなと思ったのを思い出したりもした。

そして、ずっと前に深夜にやっていた『演技者。』でも取り上げられていたことや、小劇場×ジャニーズってすごく新鮮だったのを思い出して、あの企画、まるごと見たいな…と突然の新たな欲求にたじろいでいる。記憶を手繰っていると、こういうことが起こるのは、年齢を重ねたが故だろう。

大好きな芝居だったので、未だに覚えている台詞があって、「メールを書くくらいなら手紙を書くし、電話をするくらいなら会いに行く。会いに行くのがめんどくさいって思う時は電話をする用も無いって事だってさ。」みたいなことを、秋彦が言ってたってことを浩樹が言うのだけど、あの当時は大好きだったし、今も台詞としては大好きなのだけれど、このセリフを今、芝居の中で聞いたら、私はどう感じるんだろうと考える。
もう会えないかもしれない友達はやっぱりいて、確かに、用事はないから電話もLINEもしないけれど、昔でいう「電話帳」的にデジタルでつながっている時代に、「会いたくても直接会えない」現状が重なって、「画面越しに会う(顔を見る)」ことが簡単になり、市民権を得た。「会う」が「対面」なのだとしたら、画面越しでも会っていることになるのか。画面越しではにおいや温度は感じられないから、五感をフル活用できる状態を「会う」というのなら、反対に、画面越しに顔を見て話をするということは、どういうことなのだろう。

昔々に大好きだった芝居から、とんでもなく飛躍して、支離滅裂なnoteになってしまったけれど、取り急ぎ、引っ越しでDVDをなくしていないことを信じて、ビューティフル・サンデイをまた観ようと心に誓ったのです。

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