何度もくり返えされる、生理がつらい人を叩く人というのは妬みの心理なのだろうか?

以前、こんな事件があった。

バスで体調を悪くして嘔吐したAさんが、Bさんへ迷惑をかけた。そこで女子高生のCさんがAさんを介助した。そのあとBさんがCさんを殴った。

という構図だったらしい。
 ※ほぼ同じ構図の事件がもうひとつあった気がする。

Bさんにしてみれば、俺は吐しゃ物かけられて迷惑被ってるのにその加害者のAのほうがケアされてるのが納得いかなかったんじゃないだろうか。


本題に入ろう。

生理がつらい女性は生理休暇を取得したり、理解ある人に心配されたりする。
職場であれば、その生理休暇による労働力不足のしわ寄せがくるわけで、相対的に、生理がそれほどつらくない女性や、そもそも生理のない男性に負担が増える。

「あいつばっかりケアされてずるい」
「しわ寄せがくる」
「私は生理でそんなに体調悪くならない。甘え」
「女性のつらさばかりケアされて、男性のつらさは全くケアされないのだから、男性が女性をケアするいわれがない」


その「生理」の部分には他のキーワードに代入しても成立するものもありそうだ。「鬱は甘え」など。


背景の考察
・昔になればなるほど多産であり、妊娠中は生理がないため、そもそも生理を経験する期間が短かった。このため高齢女性であるほど生理の苦しみへの共感が少ない可能性がある。(ただ、出産の苦しみは多く経験している)

・結婚と出産だけが人生じゃないという価値観が広まった。昔と比べて結婚と出産への尊重が低下したと言える。連動して生理への尊重も低下したのかも知れない。

・経済が貧しくなり、世の中が複雑になり、労働力の確保が難しくなった。労働力に余裕が少ない。このため男性だけでなく女性も労働市場に駆り出されるようになった。それは閑職ではなく、重要な戦力として期待される形での女性雇用。このため、労働の戦場で男女が協働する機会が増えることになる。が、女性には出産の意思の有無を問わず生理はあるし、男性はそもそも生理への理解が低い。働く女性同士ですら理解がなかったりする。このため生理に関する軋轢の発生機会が増える。
閑職でない戦力が低下するので仕事に影響があり、シャレにならない。このため非難の声も生半可な物ではなくなる。