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二項対立を超えた論理を学ぶためにインドへ。|インド・チベット仏教留学(2)

思いついて書いてすぐに載せた1つ目のNoteが想像以上に多くの人に読んでもらえたので、次の記事を書くモチベーションも爆発しました。読んでくれた方ありがとうございます。

そもそもなぜ北インドにチベット仏教を学ぶために留学したのか?ということを書きたいと思います。

ここまで近くにヒマラヤを見る経験は初めてでした。

環境危機に必要な哲学を求めて仏教思想へ

簡潔に書くと、自分が今まで深めてきた環境危機を思想・哲学的なアプローチから解決することを考えていた先に、仏教哲学に関心を持ったことがとても大きなきっかけでした。

あちらこちらでも書いている話ですが再び書きます。

大学に進学してから、「気候変動を引き起こした文化とは何だったのか?」という問いを深めてきました。生態系の中で様々な生き物や循環のプロセスに依存しているにも関わらず、自然から人間を切り離し、自然を搾取可能な資産・資源として客体化していったことが、環境破壊を文化的に肯定してきたのだと知りました。

生態系の仕組みを学んでいくと、自然・人間という二項対立で白黒と付けることは全く現実と乖離していることは明らかです。実際に生態系の循環や再生の仕組みに則った文化の形とは何なのだろうと探っていく中で、北アメリカの先住民文化や日本におけるアニミズム的な文化において様々な生き物たちがカミや意思を持った存在として敬われ、ケアされていることを知りました。自然はただの声なきモノではなく、意志を持ち、自分たちが依存している親戚のような存在として捉えることは、結果として自然を搾取することなく環境をケアし再生のスピードにあった文化として成り立っている。そうしたアニミズム的な文化に移っていく必要があるのではないかという考えをここ3年ほど抱いています。

特にその中でも大きな出会いだったのは、人類学者の奥野克己さんと仏教学者の清水高志さんの共著『今日のアニミズム』を読んだことでした。この本では人類学と仏教哲学の観点から、二人がアニミズムについて論考を寄せ対談するという形式になっていて、環境思想を考える上で自分のバックボーンになるような理解を得ました。

特に覚えているのが、清水さんが語られていた仏教哲学におけるテトラレンマの論理についてです。上にも書いたように環境思想や植民地主義について掘り進める中で、世界を二元論で捉えることの根本的な問題性に気づきました。例えば自然と人間、人間と非人間のように、現実を白黒はっきりと切り分けて捉えることは、本来の生態系のようにとても複雑に依存し合いながら存在しているはずの現実を誤って簡略化してしまいます。そうした二元論の文化が世界を覆ったことによって環境危機へと文化が構築されていったことを理解した時に、どうやったらその二元論を脱却することができるのだろうか、ということがここ数年来の自分の問いとして頭にあり続けていました。
まさにそんな時に読んだ『今日のアニミズム』の中で、仏教哲学におけるテトラレンマという論理学についての説明がなされていました。その中では、仏教哲学では、「AであってAでない」「Aでもなく、非Aでもない」というロジックが、論理学の中で含まれているということを知りました。レンマ学については全くの素人なので、より詳しく知りたい方は調べてみてください。

画像検索から拝借したイメージ。結構分かりやすい。

その「AであってAではない」というテトラレンマの矛盾の状態は、微生物と人間の関係性を考えていた自分にとってはまさにドンピシャの考えでした。つまり、人間の体内に存在している数兆個の微生物たちの存在によって自分は生きれていると考えると、自分という存在は「人間であり、非人間である」といえます。その状況において、人間・非人間の二項対立では実際に起きている現実を説明できず、矛盾しているロジックこそが理解を可能にしうると気づきました。

まさに二元論的な簡略化された世界観から、複雑に生命が絡み合う生態系の中でははっきりと区別ができない矛盾に溢れた世界観への転換が求められます。その矛盾を内包した文化や思想のあり方を考えていた自分にとっては、その論理を可能にした仏教哲学はとても魅力的に映りました。

生態系の仕組みに則った論理学を実際に学んでみたい、そして西洋中心主義的なアカデミアにいる自分からは全く異なる知識システムを持った環境で学んでみたいという思いに駆られ、チベット仏教を学びにインドへの留学を決意しました。

では実際に、上記に羅列したようなことを学べたのか?というと、それは全く別の話で、アメリカ大学で慣れていたアカデミア的な勉強とは全く異なる環境に最初は戸惑う日々でした。

また次のNoteで仏教哲学を学び中で感じたことを書きます!

読んでいただきありがとうございました。

曼荼羅図を描いている仏教絵師の方々

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