ニンジャスレイヤー二次創作 デッド・フロム・ディープ・レッド#1
『当機は間もなく安定飛行に入りますドスエ。カチグミクラスの皆様にはこれよりマイコ、オンセン、オーガニックスシといった各種サービスがご利用いただけます。マケグミクラスの方々は一回千円のトイレ利用以外は、体育座りの体勢を崩さず…』
合成オコト音と共に流れる機内アナウンスをなんとなく聞き流しながら、モイダは少しわざとらしく身じろぎした。
奇跡的に取れた有給、偶発的事故によって対抗社が倒産し、僅かながら上昇した持ち株。ここ最近良い事が続いていた。だからこうして念願のオキナワ行きの便に乗れ、そして運が徐々に下降していく。
モイダの隣に座るのは、暗灰色のテカテカしたビニールコートを脱ぎもしない、赤ぐろんだ肌の大男だ。
マケグミクラスのマナーとして全員が体育座りで床に並び、(シートは重量削減のためこのクラスには存在しない)手元の液晶で音楽を聴いたり、オキナワの観光PVを再確認している中、彼は膝の間に顔をうずめ、くぐもった寝息を立てている。ときおり目を覚ますとビクリと顔をあげ、またゆっくりと元の体勢に戻る。
寝ているのは良い。だが飛行機が揺れる度に、その大柄な体はモイダの肩に当たりつつ、徐々にその領土を広げつつある。
彼から幽かに漂う、魚の腐敗臭めいた異臭もしゃくに障った。
「すいませんちょっと」
マケグミクラスでのトラブルは厳禁。
この大男がドラッグの禁断症状で眠っていて、起こした瞬間にいわれなき暴力を振るってくる可能性は3割強はあるだろうか。
しかし気になるものは気になってしまう。
徐々に音楽だけで気を紛らわすのにも限界が来ていた。
ときおり看守めいて巡回するオイランCAを目で確認しつつ、モイダは男の肩を直接ゆすった。
「…ちょっと!」
「………ンア」
「……スミマセン」
大男はまたうっそうと顔をあげ、囁くように謝り、膝を抱き直した。
「アイエ…ハイ。」
存外に穏当なその態度に、モイダは妙な緊張と安堵を同時に感じつつ、再び音楽に集中した。
男の肩の、スモトリとも思い難い妙な柔らかい感触は、さほど気にはならなかった。
Deep Deep Deep
Deep Deep
Deep
男は浮き上がれぬほど深い海の底にいる
「オネェサン、マブ?マブじゃね?」
「ナニ?マブ?いいのフィー?」
「ファックして良いフィー?」
ネオサイタマ、ツチノコストリート。治安は最悪、ゴミだめの墓場。
その裏路地で女性を囲むのは、この近辺を根城にするヨタモノ集団の一つ、『フーチクショー』だ。
彼らは耳や舌はもちろん、指や頬、首、果ては眼窩や頭頂部にまでピアス穴を空けている。
これは単なるファッションだけではなく、よりデンジャラスな箇所により多くの穴を空ける事を、チームとしての誇りと地位証明に利用する、彼らの示威行為の結果なのだ。
結果、つけるピアスの方が足りなくなり、彼らは動くたびに全身の穴からリンボにて彷徨う亡霊じみた風音を立てる。コワイ!
「穴開けようぜ穴フィー」
「テンサイ。足りねぇもんなフィー」
「クールフィー」
下卑た笑い声と風音が、ストリートに木霊する。しかしこのような狼藉はこの地区ではチャメシ・インシデントであり、誰一人として気にすることは無いのである!
若い女性がこのような通りを何の対策も無しに通ろうとすることこそが非日常かつ非常識であり、当然誰一人助けようとするものはない!
…否、それどころか更に逃げ道を塞ぐように現れる集団あり!
「アレ?マツジバ=君?どーフィたフィー?」
「マブ?マブじゃんフィー」
「交ぜろよフィー!パーフィーやろうフィー!!」
おお、それは同じフーチクショーの別メンバー!手にはバチバチと放電するスタンジッテを持っており、更に危険!何人かは服に血が付着している!
「エ?ナニ?血?なんフィー?」
マツジバと呼ばれた男が尋ねると、彼らは後方から血と泥まみれのジュードー着の男を集団の中心に放り投げた。
「グワーッ!」
「誰こいつ」
「誰こいつフィー」
「襲ってきたんだよフィー!歩いてたらよフィ、背後から突然!ザジバとミンダが気絶したフィー」
頭から血を流すフーチクショーが忌々し気にスタンジッテをジュードー着に押し付ける。
「アバッババババババ!!」
「正当防衛フィー!」
「火焙るフィ?」
「ダーツ処刑しちゃうフィー?」
「アバッババっ先にてめってめぇらがッがが俺のドージョーッジョメチャクチャにしやがっがッッ」
フーチクショー達はニヤニヤと笑いながら、ジュードー着の男の四肢にスタンジッテを押し付け、理科の解剖めいた残酷体勢でもがく様を眺める。
「イヤーッ!」
「アブァーッ!」
おお…ナムサン!想像力の欠如から繰り出される容赦なきストンピングが男の顔を踏みしめ、口を開けさせる!そこに迫るスタンジッテ!即死コンボだ!
ジュードー着の男の歯に針が突き刺さったかのような痛みが走り、視界が白く染まった。
若干赤みがかっているのが、更に悪い想像を掻き立たせたが、それを無為な事と思う間もなく彼の意識は暗転した。
汚泥の中を漂うような不快感だ。重圧が全身にのしかかり、目を開けることがあまりにも億劫で、恐怖に満ちている。
「……イ、…オイ。 オイ!」
呼ぶ声が、邪魔くさい。
「ンッとに邪魔な荷物持っちまったわ…ちょっと!生きてんのそもそも?」
凍えるような寒さの中。身体の前面に感じるぬくもりが、かろうじて生を感じさせる。
「……ア?」
「ア、生きてた。」
視界はまだ赤に染まっていたが、それでも自分を背負う女の髪のなびく様が、まるで波の様に映った。
「住所どこなの?」
叩きのめされたフーチクショーのメンバーの血だまりの中を歩く女が、水音と共にそう尋ねた。
「………3ブロック、南、…ジッテドージョー」
男の意識は再びそこで途切れた。
(「デッド・フロム・ディープ・レッド」#2へ続く)
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