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ラノベ界が誇る社会派ファンタジー『狼と香辛料』

『灼眼のシャナ(2005)』に『とある魔術の禁書目録(2008)』、そして『ソードアート・オンライン(2012)』といった、数々のアニメ化作品を排出してきた文庫レーベルの「電撃文庫」。

そんな電撃文庫作品の中でも、シナリオ構成やセリフ回しが別格に美しいアニメ化作品は『狼と香辛料(2008)』で間違いないでしょう。
馬車で各地を巡る行商人のクラフト・ロレンスが、豊穣の神を名乗る賢狼の「ホロ」という少女と旅をする物語です。

今回はそんな『狼と香辛料』の見どころをご紹介します。

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「商業」や「経済」をテーマにしたアニメ


『狼と香辛料』はファンタジーに分類される作品ですが、ただのファンタジーではなく「商業」「経済」をテーマに据えて物語が展開していきます。

ロレンスとホロは「とある国の銀貨が近々銀の含有率を増やして、新しい銀貨になる」という情報を手にします。
その銀貨が新しくなると同時に、他所の国の銀貨に両替すればその差額分利益が出るという儲け話が舞い込んできたのです。

胡散臭い話だと思ったロレンスは、その国の銀貨の含有量を調べたところ、新しい銀貨になるほど銀の質が悪くなっていることを突き止めます。

しかし、ロレンスはあえてこの儲け話に乗ったフリをします。「銀貨の質が上がる」と吹聴した裏には必ず”得をする者”がいて、そこに本当の儲け話があると踏んだのですね。

その"得をする者"こそが銀貨の発行元である「王家」です。
財政難に陥った王家は市場に出回っている銀貨を回収し、新たに発行する銀貨の銀純度を減らすことで、財政を立て直そうと企てているというわけです。

銀貨の純分量を3分の2に減らすことで、従来銀貨2枚分の銀で新たに3枚の質が低下した銀貨を作ることができます。すなわち、銀貨の貨幣量を1.5倍に増やすことで、その差額である0.5倍分の銀貨が王家の益金となるのです。

このことに気づいたロレンスは、元々ガセネタであった「儲け話」を上手く利用して、実際に儲けを出そうと考えるのです。

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このエピソードの背景には、いわゆる「貨幣改鋳」があります。
貨幣改鋳自体は、歴史の授業などでも触れられることなので別段珍しい話ではございません。しかしそれは、あくまでマクロ経済的な観点でしかないのです。

それをミクロ経済的な観点──すなわち、行商人ロレンスの「儲け話」の視点でシナリオを展開する...こんなことを深夜アニメでやってのけた本作に、私は素直に感心しました。

その他にも「債権譲渡」を扱ったりするような社会派アニメであり、令和になった現在でもこのような題材を扱った作品は希少だと思います。
それを脚本に上手く落とし込んでいるのが何ともニクいところですね。






「頓智(とんち)」が抜群に効いたアニメ


『狼と香辛料』では、行商人のロレンスと賢狼ホロの会話シーンが非常に多いですが、この2人の間で交わされる言葉の応酬が機知に富んでいるのです。

リンゴに食べ飽きてしまったホロは、ロレンスからアップルパイというものがあると聞かされ、興味を示します。
リンゴを食べれば喉の渇きが癒えるが、アップルパイは喉が渇くほど甘い。そんな話をしたロレンスは「甘いのばかりも飽きるだろうから、晩飯は塩の効いた肉か魚どっちがいい」とホロに問います。

晩飯の献立に満足したホロは機嫌を取り戻すのですが、そこですかさず「わっちも飽きぬように気分を変えてやったのじゃ」と言うのです。

何気ない一幕にもきっちり頓知が効いていることが伺えるシーンですね。
しかし、『狼と香辛料』はこれだけで終わりません。


両替商のワイズという男がホロにアプローチしていたので、ロレンスは嫉妬の念を抱いていました。

そんなワイズと酒の席を共にする約束を交わしており、ホロはロレンスを挑発するのですが、ここでの2人のやり取りが落語に思えるほど機知に富んでいるのです。

ホロ  「わっちを高値で買ってくりゃれ?」
ロレンス「ああ、買ってやる。ただし、支払いはリンゴでな。」
ホロ  「主もなかなかキツいところがある。」
ロレンス「焼けば少しは甘くなるかもな。」
ホロ  「主もよく妬くではないか。妬いた雄など甘ったるくて食えぬ。」
ロレンス「ならお前は?」
ホロ  「試しに齧ってみるかや?」
ロレンス「考えておくよ。」


リンゴ1つでここまで言葉遊びできてしまうところに、思わずセンスを感じてしまいます。
これは全てアニメ第7話のやり取りですが、冒頭でアップルパイの話を引き出して、幕引きに「焼く=妬く」という頓知で畳みかけてくる脚本は上手いと言わざるを得ません。

それもそのはずで、原作者の支倉凍砂氏は会話に重きを置いていたのです。

会話を最優先させること。
世界観は、キャラクターが見て、聞いて、触って、嗅ぐ物の描写をするのに合わせて説明していこう、と気を使いました。
また、必要のない設定は極力書かないようにしました。

(電撃小説大賞 出身作家インタビューより抜粋)
http://dengekitaisho.jp/novel_interview_07.html


まあ正直なことを言えば、実写ドラマでこんなやり取りをしていたら、クサくて見れたものじゃありませんけどね。
こんなに気障な会話ですら成立するのは「本作がファンタジーだから」であり、これはアニメやラノベの特権なのでしょう。

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ヒロインのホロが魅力的なアニメ


何といっても深夜アニメなわけですから、魅力のあるヒロインが必要不可欠です。

その点において『狼と香辛料』は、全く問題ないと言っていいでしょう。

ホロの正体は狼であり、その中でも「賢狼」と呼ばれるほどの知性を兼ね備えています。ホロは行商人のロレンスでも驚くほどの商才を持っているのです。

そんな知性溢れるホロですが、お人好しのロレンスはいつもホロの尻に敷かれています。言葉巧みにロレンスを翻弄するところも、甘え上手なところもホロの魅力なのでしょう。

また、原作者の性癖が現れたキャラクターこそがホロなのでございます。

(『狼と香辛料』のアイデアは、何から着想を得たのかという問いに対し)
『金と香辛料』という歴史書と、『金枝篇』という民俗学(?)の本からです。
 あとは、獣耳が大好きだからです!

(電撃小説大賞 出身作家インタビューより抜粋)
http://dengekitaisho.jp/novel_interview_07.html

本気で言っているのか不明ですが、これには不覚にも少し笑ってしまいましたね。

キャラクターデザインは10年以上経つと、どうしても古く感じてしまうもので、『狼と香辛料』もその例に漏れないところでございます。
しかし、キャラクターの性格的な可愛らしさは健在ですので、ホロの魅力は十分に伝わるかと思います。

また、ホロ演じる小清水亜美さんのアフレコには艶がありますし、知的な女性の雰囲気が見事に表現されています。

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とは言ったものの『狼と香辛料』は決して萌えだけを売りにした作品ではなく、物語の内容で勝負した作品です。電撃文庫作品の中では『キノの旅』寄りの作品なのかもしれません。

大味な設定がある作品も嫌いではないですが、『狼と香辛料』のような緻密に作られた作品こそ評価されるべきだなと思った次第でございます。


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