ソレナリ2nd トレイラー
※手癖で冒頭を書いてたらR18(リョナ的意味で)になったのでこっちに置くことになりました。コラッ!
君が『存在を抹消された筈のその名前』を呼ぶということは、そういう事なんだ。
有り得ないなんてことは、異世界では有り得ないとは言うけれど。
「――そうですか」
さほど興味もなさそうに。灰色の人影は目を伏せる。対面のTin Selmorも、目の前の『相棒の姿をした何か』に釣られて目を伏せた。
「そう……ですか」
喜ぶべきだった。――その肉体は、教典の入れ物なのだから。教典の導くままに、その肉体が使われた世界線がある事を喜ぶべきだった。例えそれが『番外』と呼ばれる程遠く、観測者の手を離れていようと、それでも喜ぶべきだった。
「貴方……否、貴方達はきちんと、教典の器を教典の器として、使う選択をしたのですね」
「ああ。きちんと……。きちんと、〝殺した〟よ」
Tinは『共犯者』と味わった、胸にずしりと漂う罪の重さを噛み締める。伏せた目を上げるのが、怖かった。殺した相手と同じ姿のソレが、今何を思ってどんな顔をしているのを知るのが怖かった。
〝僕〟は、救われなかったんだ。
〝俺〟は、救えなかったんだ。
そんな弱い言葉が、零れてしまうその前に。
2つのヒトの影は、小さく「ありがとう」と「ごめんなさい」を意味する言葉を零す。同時にぶつかった言葉は、途中で意味の無い音になって地面に落ちた。
もっとたくさん、傍にいたかった。もっと新しい景色も見れたのかもしれない。謝りたいことだって沢山あるし、まだ教えきれていないことも、知りたいことも、数え切れなくて。
それでもその道は選ばれたのだから。
「私は貴方や貴方達にしてあげられる事は、ほぼありません」
「俺も……その姿のお前には何もしてもらいたくはねえな」
けれど。
ここで道が通じるのなら、別段その言葉を『嘘』としてもいい。そう思ったから。
視線は合わないまま、赤の街の片隅で。
「「……まあ、手合わせ」」
2人揃って、息を吐いた。
時は遡り。
5年前のある場所にて。Tin Selmorは、己と全く姿が同じ何かに囚われていた。
「へえ。虫も殺さず――生かして遊ぶのが大好きなお前が? Meye Maticを殺せたのか?」
「……ッ」
光の無い目を、睨む。それしかできなかった。影から伸びる真っ黒い触手が、Tin Selmorの動きを縫い止めていた。
「違う、と言いたいのか? 俺はお前だ、違う訳がないよな? なあ認めてくれよ『拷問担当官』、本当は世界なんてどうでもよくて、玩具を生かして手元に置いときたかったんだろ?」
「Meyeは……玩具じゃねえ…………ッ」
あの日、あの時。異世界の者とMeyeの最期を選んだのは、決して誰かの言いなりでは無い。迷いなどなかった。――そう、思いたかった。思っていたかった。
「っはははは! 口では何とでも言えるがなあTin Selmor。じゃあ何でお前……いつまでも自分の拷問部屋持ってんだ?」
「やめろ」
ぎくりと高鳴る心臓。背が冷える。勝手に反応する肉体をTinは恨む。目の前にいる化け物との共通点を、認めたくはなかった。
「戦争が終わってもお前、手放さなかったよな。わざわざ書類改竄して、手元に置いたよな」
「や、やめろ……」
ずるりと、触手のひとつが服の間をすり抜けて。Tinの臍の周りを撫でる。他の触手は拘束を強め、Tinの喉奥から嗚咽が漏れた。
「まあ認めたくない気持ちは分かるが……俺はお前のために言ってんだぞ? 異世界のやつに絆され、教典にも騙され続けてるてめぇが、このまま何も得られず終わるのが可哀想だからなあ」
ズ。
撫でる触手は、先を鋭利に変え獲物を定め。
「あ、が」
「Steye Matic……お前のもう1人の幼馴染。お前の世界線の教典は真実を隠し通してたみてぇだから教えてやる。先に質問をしようか。もう一度だけ時間を遡ってみないかTin Selmor? お前の本当にすくいたいモノを、手に入れるんだ……」
「なに、を……」
臍に突き立てた針に、徐々に力が入る。身体が軋む音と、捻り潰した悲鳴が無機質なその部屋に響いた。
「お前の返事は『はい』か『YES』しか残されていない。全部全部Meyeと教典に騙されて仕立て上げられたシナリオなんだよ、お前の歩んだ道は」
「ちが、違う……」
「『はい』か『YES』」
終ぞ、静かに臍の中へと侵入した触手が、赤い雫をピチリと散らす。Tinの腹の中を、激痛が満たす。
「〜〜〜〜ッ゛!!!!」
「まあ詳しくは指定した時代に遡ってくれれば分かるさ。やってくれるよな?」
触手が、一段階奥へ進む。断ったら、分かっているよなと言わんばかりにそこで一度動きは止まる。暫し沈黙と、荒い呼吸が流れた。
「…………ああ時間遡行能力がないのは知ってるさ。例外としてその『四季の勲章』でアクセスできるが、許可がないと無理な事もな。だが俺に任せろ、そのアクセス権を無理矢理もぎ取ってやる。『対価』は……払えよ。足りない訳じゃないだろ、〝今は〟」
対価――時間遡行を行えば、その分内臓含む細胞がランダムに死滅する。故に余りにも大規模な移動や、重症時の移動は人間には無理なのだ。
「――世界線第■■■■■■■■■■■■■の……■■■■年だ。もう一度だけ聞くぞ。やってくれるよなあ?」
目と鼻の先にまで近付く顔。そこには光も瞳孔もない。奥で蠢く何かが、にたあと嗤っている。
ガシャリ。
そして右手だけが解放される。沸騰する脳と激しく鳴る心臓に振り回されぬよう歯を食いしばりながら、Tinは目の前のこの『己の姿をした化け物』が何故ここまでして時間遡行を此方に要求するのかを考えた。
そもそもこの存在はなんだ? 何故自分の姿をしている? 恐らく違う世界線の己に何かがあったのは察せたが。皆目見当もつかない。教典に何かされて――
「返事は『はい』か『YES』だ。余計なことを考えんな。お前は俺だ。俺なら遡る。何度でも」
臍に繋がる触手の根元が、ドクンと脈打つ。速やかに何かが中を通ってTinの内側へ向かって来るのが分かった。恐怖に顔が歪むよりも先に、もう、反射で返事をする他なかった。
「わかっ、わかった、からッ!!」
「そうか? いい選択をありがとう」
入り込む寸前でそれは止まる。ボタボタと冷や汗がその上に滴れば、ぶるぶると震えたようにも見えた。
「はっ、あ゛……、分かったから、ぬ、抜けよコレ…………」
「ちゃあんと唱え終えたら抜いてやるよ。早くしな」
Tinは自由になっている右手で、左胸の勲章を掴む。対面の化け物は、恐ろしく優しい笑顔でその様子を見ていた。
行くだけ。行くだけだ。そう思いながらTinは口を開く。
「限定許可、要求」
直後、耳障りなノイズ音が辺りを包み、許可なのか悲鳴なのか分からない音が無の空間から放たれて。
「通ったぞ」
化け物はそう言いながら念押するように、臍の凶器を少しだけ奥へと動かした。
「ギっ、…………き、聞けッ! その遠雷は神の声!
鴉鳴き狐跳ねる頃、物語は電光石火の如く廻り巡る!! ――雷光奏!!!!」
紫電が走り、一面をノイズのようなエフェクトと黒い霧が覆う。ズルりと臍から抜かれていくモノに、血は着いていなかった。
刹那。
こっち。
「え?」
亜空間に消えた手を、誰かが掴む。……聞き覚えのある声だったが、誰のものなのかが思い出せない。ただ、ガントレット越しでも温かさを感じた。
「……」
己の姿をした化け物が、目を見開き。改めて凶器を突き刺す音が確かに響く。深深と入り込んだソレは、突然現れた熱線と共に焼き切れて。
「チ…………まあいい。保険はかけたし、どの道壊れて勝手に腹の中に入ってくれる……ずらかるか」
もうそこにはふたつの影のどちらも居ない。あるのは、妙な蒸し暑さと、血痕だけだった。
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