『概念者の宴:CASE002 未来を待つ』
家敷 蜜柑(いえしき みかん)は、アイドルグループ「et ALL!(エトオール!)」のセンターを務める人間だった。
彼女の人気は高かった。歌って踊れて、勉強もそこそこできて、グループの仲を取り持ったりするのも上手い。エリートさの秘訣をインタビューで聞かれた時は「エリートだなんて全然! まだまだです。今、未来に向けてできることを私はやっているだけです」と回答した。
20歳の生誕祭を終えて暫くしたある日、彼女のSNS公式アカウントからひとつの投稿がなされる。
今まで一度も仄暗い発言をしたことがなかっただけに、ファンの間では動揺が走った。病気や怪我、引退を疑う声でコメントも溢れ、メディアで報道もされた。
翌日から、家敷 蜜柑の様子がおかしくなった。何が?と言われると言葉には皆出来なかったが、何かがおかしかった。
3ヵ月ほどすると、やっと言語化できるレベルでおかしくなっていた。
何か幻覚でも見ているかのような物言いが増え、流石にとグループは一時休止。家敷は病院で精密検査を受けた。肉体のどこにも異常は見られず、しかし精神的な異常は明らかだったため、本人の同意のもと入院した。
21歳の誕生日に残したその投稿が、正式な彼女の最期の投稿となった。家敷 蜜柑が忽然と病室から姿を消したのである。当然大ニュースとなり、失踪届がなされ、暫く彼女に関するデマや憶測が様々な場所で飛び交った。
それから。グループは改めて解散となり、失踪届が提出されてから月日は流れ。――あるひとつの異常現象が起こる。
新曲なるものはどこにも投稿された形跡はなく、しかしその投稿を行った人に聞けば、本当に曲を聴いたし見たと言うのである。そんな投稿達は述べ1000万。中には家敷 蜜柑を知らなかった筈の人間もいた。曰く「分からないけれど、そういうアイドルがいた記憶があった」。集団幻覚は一瞬世間を賑わせたが、話題とは移り変わるもので。数ヵ月で人々はそれも忘れ去り、また日常が戻る。戻って数年後。
数年後。
また、数年後。
あは。あたし、何度でも帰って来るよ。だって永遠だもん。でもさ、永遠かどうかって、どうやって分かるんだろうね。
あ! そこのひと。創造神だっけ? 違うっけ? まあいいや。あのね、あたしETÅ。家敷 蜜柑って名前で、アイドルしてるの。お願いがあるんだあ。
あたしをさ、殺してくれる?
その概念を殺してはならない。
その概念を決して殺してはならない。
その概念を殺すのは簡単だ。
その概念を、決して殺してはならない。
その概念を殺すには――
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