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[モノの質的充足]身の丈以上のモノを手に入れるにはどうすればよいか

われわれは近代的な人間として、日々を過ごしている。皆と同じ製品を買い、生活様式を統一し、規格化された幸福に準じる。最大多数の最大幸福とは、幸福生産の最大効率化である。いつでも欲しい物がほしいだけ手に入るこれらの環境は、生産の分業と規格化による効率向上によってのみ保たれている。そこから得られる恩恵は計り知れないほど大きい。周知の事実として、われわれはこの近代的生活を、否応なしに愛している。だが一方で、”職人”が作った温かみある手製品や、野生の素材を使った一品物にも、同じように愛を抱いている自分がいる。この自己矛盾は、いかにして生まれるのか。商品の購入とは、製作者・会社への援助に他ならない。狂おしいほど恩恵を与えてくれる近代的生活がありながら、わたしたちはなぜ前時代的な作品を支援するのか。今回はわたしたちの消費嗜好に基づき、昨今の生活に潜む巧妙な暗黙知を暴いてみよう。
 

まず、わたしたちは、自身がこの世に存在する絶対的なものであるかの如く信じてしまいがちだ。実際は、精神とは自身を全肯定する自動マシンであるし、結局は精神を生み出す脳も肉体でしかない。つまり何が言いたいかというと、私の心一つなど、寝坊した平日の朝には横断歩道を渡る高齢者にいらつく悪鬼にもなれようし、筋トレのあとには全能感をまとうこの世の神にもなれるのだ。少しのホルモンの影響、僅かな環境の変化で人は全く別の人格者に変貌できる。ゆらゆら定まらない自我に私達はいつも悩まされる。どこに向かえばいいのか、何を信じればいいのか。近代以前、この漠然とした絶望感を解消していたのは、宗教だった。「信じたものに導いてもらう」行為はどんな麻薬よりも中毒性がある。人生の決断と悩みをすべて聖書に委ね、自身は幸福と労働を噛みしめる感受体として、朝日に起きて星に眠ればいいのだから。だが、実は現代においても、この聖書は我々を取り囲む”あらゆるモノ”に姿を変え生きている。無数の選択肢から何かを選び取り、それを周りに据え置く行為は、すなわち思想と決断のアウトプットともいえる。日々纏うもの、使うもの、手に取るもの、見るもの、すべてがわれわれの志向に影響する。自身が向かう先を示す思想を物質化して周囲に保存することで、自我の安定性を高めているのだ。書籍などはわかりやすい例だが、どんな購入品にも影響力は宿り、そのベクトルの合計が、日々の羅針盤として機能する。購入とは、自分だけの聖書・神を創るにも等しい行為なのである。
 
したがって、わたしたちは近代社会から生まれる工業製品に対して量的な満足を感じるものの、質的な充足は得られない。なぜなら、どれだけ機能が優れていようと、それが一定のマス(大衆)向けの流行である限りは、購入=他者との信仰の共有であるからだ。自分だけの経験や知識から形成されるべき、自分だけを導いてくれるはずの神が、名も知らぬ他者と共有されているとしたら、どうだろうか。特別な"わたし”は、いつまでたっても満たされないだろう。アンティークや職人の作品がもてはやされるのは、それが”一品物”であり、世界に唯一であるかけがえのない自分には、これが相応しいと誰もが感じているからなのだ。本来であれば、近代的生活では労働や社会役割の均質化により、客観的には”かけがえのない私”は存在しないはずであるにもかかわらず、自己認識では自分が可愛いのだ。上記の背景があり、資本主義のソルジャーとして生きるわたしたちは、支給品である工業製品には満足できない一方、客観的にみると不相応な商品を求めてしまい、自己矛盾の不幸に陥るというわけなのだ。
 
この矛盾を解決し、幸福に生きるにはどうすればよいのだろうか。まず、状況を整理してみよう。この近代社会は均質化を前提として成り立っているが、一方で主観は”私はこの世唯一の絶対神”であるため、その私に相応しいものと社会から供給されるものが釣り合っておらず、欲求に見合ったモノを手に入れようとすると大きなコストが必要になる、といったところだ。つまり、「できるだけ近代社会の仕組みを裏切らないよう、質的に満足できるものを手に入れるにはどうすればよいか」というところが課題なのである。ここで、解決法としては、大きく分けて2つ挙げられる。
 
まずひとつ目に、感性の更新である。昨今の教育や広告の罪として、個性の肥大化がある。個性を大事にしろ、夢を語れ、自分を出せ、と言われ続けた結果、現代人の”自分可愛さ”が劇的に強まっている。自分を可愛がれる能力もないのに、身の丈以上の尊大な心をもってしまうことは、不幸以外の何物でもない。私を含め現代教育の犠牲者は大勢いるだろう。自分は70億いる生物のたったひとかけらにすぎないこと、社会から見た私は”わたし”ではなく微小な”労働力”であること、画一的にみえる工業製品にも違いを感じ愛着をもてる審美眼を持つこと、ものではなくヒトと多くの時間を過ごすこと等々、認識と感性の更新で如何様にも解決できることだ。ただ一つ問題点として、その難易度がある。意識の改革とはこれまでの自己の否定であり、相応の痛みを伴う。さらによしんば決心したとしても、即効性がなく効果も感じにくいのだ。新しい価値観の形成にはその価値観に見合った決断の経験を積み重ねる必要があり、馴染むのには年月が必要である。そして、馴染んだ頃には従前の価値観を忘れており、はたして自分は過去とは変わったのかどうか判断することが難しい。そんなわけなので、こちらの解決法は実践してもよいが、次の解決法をメインとすることをおすすめする。
 
2つ目は、生産力の獲得である。端的に言うと、自分で作ってしまおうということだ。通常、欲しい物を獲得するには、自身の労働→賃金の獲得→商品(他人の労働)との交換、という3stepを踏む必要がある。この獲得法では、step数の多さでコストがかかるため、個々人の経済力(労働力)以上の商品を手に入れることができない。これに対し、自分で創るのであれば、自身の労働力をそのまま商品として変換することになる。ここでは、作成技術はストック資産として手元に残るため、作ればつくるほど必要なコストは下がり、成果物の質は向上する。さらに、そもそも自分専用に設計するため、その質的満足度は既製品の比ではない。だがそれでは結局、「近代以前の牧歌的生活と変わらないのではないか?」と思うかもしれない。しかし、それは大きな間違いだ。現代の最大の強みは、個人が圧倒的な生産能力を持てるようになったことにある。生産力(3Dプリンタ、インパクトドライバー、切れ味抜群のこぎり、ミシンなど)を工業製品化し、その購入コストが圧倒的に下がった今、その費用対効果は極めて高い。従来は仕事として用いなければ購入資金を回収できなかったところが、生産力の均質化により、だれでも小さな工場を持てるようになったのだ。例えば、良いコートなどは数万円するが、ミシンは一万円もあれば買えるし、材料費もそこまで高くはならない。さらに、裁断パターンもネットに転がっているし、やり方もYouTubeを探せばすぐ見つかる。最初は苦労するだろうが、チャレンジするほど技術力はあがり、かかるコストは逓減する。デジタル化がすすみ、なにやら未来的時代になりつつある現代でも、生産技術を有する者は圧倒的に強いのである。むしろ、ほとんどの人が消費にうつつを抜かす現代こそ、生産者が優位に立てる時代ともいえる。この試みは、みかけ上近代社会の原則に反しているように見えるが、生産力は近代社会の産物であるし、そもそも素人ですら満足に足るほどのものを作れる対象に、企業が力を入れる必要はない。むしろ、個人の趣向が大きく影響する日用品などは個々人につくらせておいて、技術力とマンパワーが必要な産業に人間を集中させたほうが良いのだ。「自分の好みに極力近しい商品を探すことに膨大な時間を費やすくらいなら、いっそのこと自分で生産してみよう」という選択肢が当たり前になり、個々人が個々人の充足のための選択を重視する世の中のなんと平和なことか。

昨今は、そもそも自分の欲求を認識できない人間が多すぎる。本当にほしいものがわからない人たちが、有名なブランドやメーカーのメイクストーリーにとりあえず乗っかり、SNSによって満足感を代替するのだ。物悲しい。ひけらかさなければ実感できない感情など、捨て置けばよい。感性の更新と生産力の獲得さえ叶えば、どんな能力のどんな環境の人間だろうと、真に望むものを手に入れることができるのだから。
 
以上の論理から、現代人が個々人の経済力以上の質的な充足を得るためには、感性の更新と生産力の確保が必要であると結論づける。今回はわりと抽象的な概念提唱が多かったため、今後節約・生活編にて補足を行う予定である。インフレや賃金停滞などで皆が生活に苦しむ現代にこそ、必要な生活技術を伝えられればと思うので、ぜひとも参考にしてほしい。
 
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