#フォロワー創作「魔物海岸――魔法のような地図屋」

――困った事になった。

魔法使いでもなんでもない、ただの地図屋の少女は頭を抱えていた。

ある海岸に至るまでの街道、海岸近くの位置にあるその地図屋は、少女が念願叶って開く事が出来た自分の城だ。色とりどりのインクと書きなれたペン達、拘った紙。木のデスクと、沢山の資料。少女は地図の制作から販売までを一人で行っており、店の経営は順調だった。理由の、大きな一つは。きっと自分の地図だと、少女は自負している。

何色かの、調和のとれる色合いで、少女は丁寧に地図を描いた。だからいつも、地図は限定発売だ。それでもその地図の美しさは人を呼び、毎日完売、の看板を出せていた。その地図はまるで魔法使いがとびきり素敵な魔法を使って書いたように綺麗だと、そんな噂が立ち。少女の悩みを運んできた

「魔法で書いてるんだろ?どんな魔法なんだ?」
「いえ、自分の手だけですよ。私、魔法使えませんし」

同じ街道の店主仲間がそう言うのに、少女は答えて、余った紙に簡単な地図を書いてみせた。滲むインクのグラデーション、美しい線、時にはきらりと光るインクを使い、その店主の店と、自分の店、それから海岸という小さな世界を、小さな紙に落とし込んだ。店主は大層驚いて、それから感激したようで、これは凄いと褒め始めた。

「あんたは凄いよ、天才だ!そうだ、客にもこうやって書いて見せてやるといいよ。実演販売だ!何大丈夫、手伝いを寄こすからあんたは地図書くのに集中してればいい。すぐに声をかけてくる!」
「え?待っ……あー……」

止める間もなく店主は走り出して行ってしまった。そして直ぐに人を集めて、実演販売の支度を整えてしまった。

――困った事になった。

実演販売初日、店の前には人だかり。整理券まで配られ始める始末で、店内には少女がペンを持つのを今か今かと待つ人々がいる。

「……逃げたい」

ぽつりと零した声は、誰にも聞こえなかったらしい。少女は息をゆっくり吐き出して、吸い込んで、吐き出して。そうして覚悟を決めた。

かわいい犬が、沢山いると思って。自分にそう言い聞かせる。実家で飼っている犬を思い出すと少し気持ちが和らいだ。ペンは、実家から持って来た、長年の相棒だ。インクをつけて、下書きをしておいた地図の上を走らせる。この辺りからは少しなだらかな坂になっているから、と、色を変えて、ほんの少しずつ変化していくようにインクを調節して、やがてもう一色の方をはっきりとさせていく。海岸は銀に煌めく青いインクで。あの海は、実は魔物で、だからある魔女がその封印のために日々絵筆をとっているのだという噂だ。そうだったら、おもしろい。まるで童話の隣に暮らしているみたいだ。だから、海にはふたつの目をつけるようにしている。あとは彩豊かな――つまりは個性あふれる店を街道に記していくだけだ。最後に地図屋の店名を書き入れて、ふうと顔を上げる。途端、拍手の音が弾けるように満ちた。

「な、なに」

慌てて視線を巡らせると、そこには大勢の人がいた。そこで、あ、実演販売、と思い出す。書いている間は、地図を書く事が楽しくて、気にならなかったけど、そういえば観客がいたのだった。少女が控えめにお辞儀をすると、拍手の中からあの店主仲間が転がり出て、ではこの地図が欲しい人はオークション形式だよ、と声を張り上げた。少女は今度こそ慌てて声をあげる。

「お、オークションは、無理です!」

真赤な顔で必死に止める少女に、観客である客達も、店主仲間も、優しく笑ってくれた。恥ずかしがり屋の地図屋では、なので、実演販売はごく稀に――少女が止め損なった時にだけ、行われるようになったのだった。