展覧会レポ:坂本龍一の世界を「AMBIENT KYOTO 2023」で体験する
坂本龍一が死を覚悟して制作した音楽について書こう。開催中の「AMBIENT KYOTO 2023」の話である。
第一印象
会場に入った第一印象は「工場見学!?」だった。新聞を印刷していた場所だけあって、インクの臭いが漂っている。
チラシにはこうある。「坂本龍一が2017年に発表したスタジオ・アルバム『async』をベースに制作された高谷史郎とのコラボレーション作品の最新版。~」
工場の跡に、ナチュラルな映像と音。アンバランスなのに、調和してる。空いたベンチに腰掛ける。なぜだろう「棚田を観ているよう」な得も言われぬ安心感に陥る。
紅白歌合戦とアンビエント
我が家で音楽といえば紅白歌合戦であった。風呂場で口ずさむのも歌謡曲だ。だれだったか、音楽ならハミングが一番だと言っている人がいた。音楽のことはよくわからないけれど、妙に説得力がある。ぜんぜん違うかもしれないが、鼻歌もアンビエントだ(と思う)。
アンビエントは、体内の細胞に聴かせている気がする。紅白歌合戦にこの感覚はない。坂本龍一『async』のライナーノーツには「あまりにも好きなので、誰にも聴かせたくない」とある。もちろん紅白歌合戦の方が人気に決まっているので、アンビエントには音だけでない魅力が隠れているのだろう。
予告編『坂本龍一 PERFORMANCE IN NEW YORK async』
足音だってミュージック
会場の床には金属のレールが走っており、歩く人がいると当然、音がでる。コンサート会場なら入室が制限されるかもしれない。たまに聞こえる金属音。靴によって踏む音が違う。それがまたいい。入室音も音楽であると考えたい。
かつて新聞を印刷していた音も聞こえてきた(空想です)。記憶の地響きに身体がもっていかれてしまう(気持ちの問題です)。
坂本龍一の音楽にプラスして、体験する雰囲気にも魅力がある。
今では新聞は刷られていないし、坂本龍一も、もういない。
風が吹いたのだろうか。インクの臭いが消えた。柑橘系の香りがする。映像は霧の立ちこめる森、時折きこえる鳥や虫の鳴き声、尺八のような音、電子音もひびく。こちらの心にそっと触れてくる。
この表現のルーツは一体どこにあるのだろう。
CD「async」坂本龍一
アルバムのタイトルになっている「async」は「エイシンク」と読めばいいのだろうか。プログラミングの言葉で「非同期」ということらしい。同期していない、あるがままの音に向き合って、というメッセージだろうか。
会場を歩いてみる。
真剣な表情で注射器をもつスタッフさんと目が合う。ショップで聞くと、香りの調整をしていたらしい。
体験の魅力
今にして思うに、アンビエントの面白さは、聴くだけでなく、空間そのものを体験するからこその魅力だ。
同じような刺激がつづければ、眠くなる。実際、寝る前にアンビエントを聴く人もいるだろう。この会場ではまるでちがう。空間ごと身体で聴くからこそ鳥肌全開である。
撮影が許可されていたので動画も撮ったのだが、自宅で再生したとたん、魅力は消え失せてしまった。
帰り道。道を歩く大勢の足音、地下鉄がホームに入ってくる音。どれもこれもアンビエントに聴こえる。感情を動かすファクターとして坂本龍一は至る所で生きている。
参考資料
※1、別冊ele-king「アンビエント・ジャパン」Pヴァイン、2023
※2、細野晴臣「アンビエント・ドライバー」中央公論、2006
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