思い出すことなど② 人間は2つだけ

今やっている番組の改変があって新コーナーの立ち上げメンバーになってしまったので、とてもnoteをやってる余裕などなく忙しくなっている。

このままフェイドアウトは悲しいので落ち着くまで暇潰しの愚痴を書く。

映画や音楽の批評を楽しみにしていた方はすいません、また落ち着いたら書きますので。


久しぶりにnote書いてすごくネガティブなことを言ってしまうかもしれないけど、ずっと思っていることを書きたい。人間には二つのタイプがあるという話。

もし労働に関して言うなら一つは「公務員タイプ」の人、もう一つは「作家タイプ」と呼称することができると思う。

「公務員タイプ」の人は単純な処理仕事が向いている。仕事に意味は求めず、土日休みのために働き、他人の為になることをすることができる。このタイプの人のおかげで世の中は今日もうまく回っている。

「作家タイプ」の人は自己を表現するのに向いている人だ。自分の仕事に意味を求める、仕事とプライベート、仕事と自身の内面を区別せずに働く、他人の為よりも自分の自己実現や自己表現の為に働くことが好きな人が多い。

どちらが良い悪い、優れているとかそういう話ではない。どちらも世の中に必要。「公務員タイプ」の人が今日も一日頑張ってくれるおかげで社会は成り立っている。そして「作家タイプ」の人の仕事が人を感動させたり笑わせていて生きる意味を与えている。

この二つのタイプを2人の「アドルフ」で考えてみる。

「作家タイプ」の恐らく最も悪い人はアドルフ・ヒトラーという。国民の多くを「感動」させ、「熱狂」させ、導いた。最終的に本人も国自体も破滅させてしまった。ヒトラーは画家になりたかったが挫折して政治運動に目覚めた人物だ。まさに「作家タイプ」。

「公務員タイプ」の代表はアドルフ・アイヒマン。ヒトラーが決めたユダヤ人絶滅計画をしっかりとした計画と効率性をもって実行した人物。本人は命令されたからやっただけで罪悪感をあまり持っていなかった。哲学者ハンナ・アーレントは彼を「凡庸な悪」と呼んだ。

行きすぎてしまうとどっちのタイプも最悪なのだけど、恐らく人間はどちらかに属する。

「作家タイプ」の行き着く先は苦痛なのだと思う。何かを表現するために、成し遂げるために考え抜く。そして苦しむし、道を誤ることがある。苦痛に悶え、他者に苦痛を与えることがある。

「公務員タイプ」の行き着く先は無知だ。自分の仕事がもたらす結果を見過ごしてしまう。考えない。知ろうとしない。誰かに与えられたことを淡々とこなす。それはとても素晴らしい能力で、危険なことだ。

この話にオチはない。
ただ人間は2つのタイプがいるよねと思っただけだ。

こんなことを最近考えたのは1人の偉大な作家が亡くなったから。

映画監督のゴダールが安楽死した。

自ら死を選んだ理由は「病気ではなかった。ただ疲れ果てていた。」と言うことらしい。

最後までゴダールらしい。

きっと苦しかったんだろう。長い間。

僕はゴダールの『離ればなれに』という映画によって作られて、『気狂いピエロ』に何度も救われた人間だ。
ゴダールみたいに誰かを救いたいなと思って「作家タイプ」の仕事をしています。

皆さんはどっちのタイプですか?
自分が向いているタイプの仕事できてますか?

駄文長くなりました。
ではまた近いうちに。

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