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神経質な方と抑止力《zaccanto》

 ヤフーオークションもメルカリも、その草創期を知らないとはいえ、自分が使い始めた頃にはすでに「神経質な方」は存在していた。
 実際に関わったことはない。
 ただ商品説明に「神経質な方の入札はご遠慮ください」「神経質な方のご購入はお控えください」とあるのは使い始めた頃から頻繁に見てきた。正直に言うと、自分もメルカリで出品する際には必ず「神経質な方のご購入はご遠慮ください」、と記載する。出品するのが新品でも、ほぼ未使用でも、中古でも、そしてたとえジャンク品でも、必ず記載する。
 得体の知れない「神経質な方」が、怖いのである。
 いったいどんな奴なんだ。
 
 梱包するときは毛髪類が混入しないように気をつける。当たり前だ。「神経質な人」相手でなくてもそれは十分に気をつけなければ、ここ日本では寝首をかかれる。
 箱や封筒に封をするとき、透明のビニールテープに指紋が写ったら、そこはハサミで切り取る。できるだけ。自分のDNAは一切混入させたくない。そんなものが混入したものを、もし覆面の「神経質な方」に購入された日には、「不潔、不衛生」と罵られかねないと思っている。いや、実際どうなのかはわからないが、いかにも言いそうではないか。人の大切な遺伝情報を平然とバイ菌扱いできそうな冷たさを持っているかもしれない。どれだけ神経が研ぎ澄まされているかわからないのだ、「神経質な方」は。
 下手をすると、帯も外さずそーっと読んだ新刊本でも、たとえそれが瑕疵の一切ない美品だと思っていても、先方に届いて開封された瞬間、
「口臭がきつい」
そんなクレームをつけられて低評価確定の可能性がある。
 だから、「神経質な方はご遠慮ください」と書かねばならないのである。この壁を越えて来ないでくれ、と。
 だがふと思う。オークションやフリマアプリ利用者界隈で、実際に「神経質な方」に出会った人というのはどのくらいいるのか、と。
 たとえばの話、緩衝材に自分の鼻をかんだティッシュを間違って使ってしまうような出品者がいたとする。それなら購入者がいたって普通の神経の持ち主だとしても、さすがに気持ち悪くなるだろうし、文句の一つも言いたくなるものだ。だがもしそのいい加減な出品者が、その自分のずぼらな感覚でもって、普通の健全な神経の持ち主を「神経質な方」認定したらどうなる? 本当は存在しない「神経質な方」が無駄にネット空間に放たれることになりはしないか。「あの購入者、あんな細かいこと言ってきやがって、神経質なやつめ!」みたいな。そして噂は燎原りょうげんの火のごとく広まるのである。案外「神経質な方」の起源はそんなところにあったりしてー、いや、そんなことはないー、かな。
 しかし姿の見えない恐怖、「神経質な方」はオークションやフリマアプリ界では「抑止力」のひとつに数えられると思う。そもそも本物の「神経質な方」はブック・オフにさえ行かないだろうと思うが、それでもネット上には「神経質な方」の亡霊が彷徨さまよっている。その存在を互いにチラつかせることで、売る方も買う方も、相手に「ちゃんとしろよ」とプレッシャーをかけるのだ。
 俺はこれだけ検品して、これだけ丁寧に梱包して丁寧に字を書いて、それでも「神経質な方」はご遠慮してるんだからな。切手もまっすぐ舐めずに貼ったんだからな。それでもクレームつけてくるっていうんなら、相当な神経してるんだろうな。でもそもそもお断りしてるんだからな。買ったんなら大人しくお納めくださいよな。

 ノイローゼになるよー。

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