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インフォメーションとインテリジェンス~情報という言葉をめぐるその後の探索~

小野厚夫

探索のいきさつ

 2004年(平成16年)末に,会誌『情報処理』の編集長だった和田英一さんから執筆依頼があり,「情報」という言葉の歴史をたどることになった.最初のゲラ刷りを見たとき,「創立45周年記念特別寄稿」という副題が付いていることに気づき,これはえらいことを引き受けてしまったと後悔したが,後の祭りであった.何分にも片手間に始めた調べごとで,なかなか時間が取れず,明治以降の調査がまだ十分に行き届いていなかったからである.その反省もあって,教職から離れた後に本腰を入れて調べ直し,2016年(平成28年)に『情報ということば─その来歴と意味内容 』[1]という本にまとめて出版した.
 興味のある方はこの本を参照していただくことにして,ここではすこし視点をかえ,「情報」と,インフォメーションとインテリジェンスの双方が,どうかかわってきたのかということを中心にして,「情報」という言葉の歴史を振り返ってみたい.

「情報」の原語

 戦後生まれの人たちは,「情報」といえばすぐに英語の information を思い浮かべるに違いない.しかし, 「情報」の原語は元から information だったわけではない.
 「情報」は和製漢語で,1876年(明治9年)に酒井忠恕の訳書『仏国歩兵陣中要務実地演習軌典』で最初に使われた.書名から分かるように,仏語の訳語である.
 明治維新後,日本で造られた近代用語は,日清戦争後,中国語に採り入れられた.ところが,ここ三十年来の日中の研究で,これらの語の中には必ずしも日本人が造語したわけではないものが混じっていることが明らかになってきた[2].しかし,「情報」は今でも日本で独自につくられた漢語で,後に中国語の中に入ったとみなされている.
 仏語には英語の information と intelligence の双方と同じ綴りの単語があり,いずれもラテン語が古仏語を経て英語に入った語である.ところが,「情報」の原語はそのいずれでもなく,renseignement という別の仏語であった.
 この仏語は information(アンフォルマスィオン)よりも確度の低い,漠然とした意味の情報を意味しているが,16世紀頃から軍事的に価値のある information や,それを扱う機関を指す軍の技術用語として使われ始めた.日本語では「諜報」という軍用語が一番近い訳語になる.仏語の renseignement に相当する語は,独語では Nachricht であるが,英語にはない.英語では「諜報」を intelligence で表現することにしたため,英語と仏語との間で intelligence の解釈に不整合が生じるようになった.

「情報」の流通

 renseignement の訳語である「情報」は,一般語である information と,軍用語の「諜報」という2つの意味で使われはじめ,今日に至っている.
 その間に,陸軍は1881年(明治14年)頃から兵式を仏式から独式に切り替えた.しかしながら,仏語の renseignement, information, intelligence が,同義語である独語の Nachricht, Information, Intelligenz に置き換わっただけで,特に「情報」の使われ方に変化は生じなかった.当時,森鷗外はクラウゼヴィッツの『戦争論』を訳しているが,そこで用いた「情報」の原語は Nachricht である.
 たしかに「諜報」という意味では軍用語であるが,仏語の renseignement と information は一般用語であり,軍隊内でも一般語として普通に使われていて,「情報」もそうである.したがって,当初から軍隊で使われていたからといって,「情報」は軍用語であると結論づけるのは早計に失する.
 「情報」が新聞紙上に現れるのは日清戦争のときからで,軍での使用例も含め,今日まで最も一般的で用例が多いのは「……の情報によれば」という表現である.この「情報」は「他人から得た知らせ」を意味し,知らされた内容を問わない.確かなもの,不確かなものがあり,役にたつもの,たたないものもある.これは通信でいう「情報」が,伝える中身を問わないのと同じ扱いである.
 明治,大正期の国語辞典をみると,「情報」はおおむねありさまの「知らせ」ないしは「報告」と解釈されており,軍隊で使われていたにもかかわらず,軍事的な意味合いをまったく感じさせない.

英訳における「情報」の扱い

 「情報」に該当する英単語は information と intelligence であるが,両語は対立する言葉ではない.intelligence は information から何かを理解しようとして得るものであり,得た知識は information の1つのモードである.
 仏語における renseignement や information の一般的な用例から見て,英語の information は「情報」と訳すのが適している.また,intelligence は「諜報」を意味するが,information の部分集合であることから,これを「情報」と呼んでも何らおかしいことはない.しかし,逆に部分集合の方が「情報」であると誤解すれば,自己矛盾に陥ってしまう.
 軍事や政治では,どうしても一般的な「情報」よりも,「諜報」を重用し,重要視する.しかし,「諜報」という言葉はスパイ活動を連想させるために回避され,intelligence は意識的に「情報」と表現されるようになる.そうなると,「情報」は intelligence であると誤解する人が大勢でてきて,誤解の輪がどんどん広がり,その結果,「情報」から一般的な information に含まれている公開性とか公共性という意味合いが薄れていくことになる.
 実際に英語におけるこれまでの訳語の使われ方を調べてみると,「情報」と「諜報」がそれぞれ information になったり,intelligence になったりして右往左往し,混乱している.
 最初に「情報」が現れる英語辞書は1895年(明治28年)に丸善が発行した『A Dictionary of Military Terms and Expression』であるが,すでに information に「諜報」,intelligence に「情報」を対応させている.長いことこの表記は英語辞書で踏襲され,迷走の始まりとなった.
 日露戦争が始まると,すぐに俘虜情報局が設置された.この名称は官制における「情報」の最初の用例で,万国平和会議で調印された陸戦の法規慣例に関する規則に基づくものである.この法規の原文は仏語で,情報局は Bureau de renseignements の訳であるが,英語圏では Information Bureau と訳されている.ところが,外務省が在邦の外国公使館に送付した英文の俘虜情報局設置に関する通牒では Intelligence Bureau と記述されている.この局の役割りを考えれば intelligence は明らかに誤訳である.
 第一次世界大戦が始まると,英国は Dep. of Information や Ministry of Information を設置した.これらの組織名は,英語ではなぜ intelligence でないのか,日本語では「情報」にするか,それとも「通報」のような「諜報」以外の別の語にするかという厄介な問題を提起する.外務省は俘虜情報局という前例にならって,これらを情報局,情報省と訳した.しかし,1921年(大正10年)に外務省に設置された情報部の英語名は Intelligence Bureau になっている.

戦前の「情報」は軍事機密だったのか

 戦後に,戦前派とか戦中派と呼ばれる人たちが,太平洋戦争中,「情報」は「諜報」とみなされ,印象の悪い言葉であったと書いている.しかし,戦中でも新聞は,「……の情報によれば」という慣例に従った表示で記事を掲載している.
 この戦争末期に米軍機による空襲は常習化したが,ラジオが伝える敵機に関する軍管区情報は,民間防空の重要な指針となっていた.たとえば,敗戦の年の,1月5日の『朝日新聞』は,発表が遅すぎるとか,用語が分かりにくいなどの非難はあるものの,「軍情報」は民防空の大切な指針として感謝され,期待されていた証しとして,「軍情報」に関する投稿が投書欄に著しく多かったことを挙げている.
 また,明治期から敗戦後に進駐軍が撤退するまで,マスメディアの統制や検閲はきわめて厳しいものがあった.このため,戦前に秘密情報が一般的な出版物や放送に現れることはあり得ず,探しても徒労に終わるだけである.それにもかかわらず,戦後生まれの人たちが戦前に「情報」といえば,軍事機密等を典型例とする,今日いう機密情報のことであったと推測する根拠は何なのか,不可解である.
 戦後すぐに,進駐軍がやってきて,その折衝にあたった人たちは,彼らが使う information の解釈に強い違和感を覚えた.米国人は information を「広報」の意味で用いているのに対して,日本側は「情報」と訳しながら,実際には「諜報」と解釈していたからである.すなわち,information をその部分集合である intelligence と取り違えて応答していたのである.困ったことには,今でも防衛省関係者はこの解釈を踏襲し,intelligence を「情報」と定義している.

インテリジェンスの訳語

 明治以後,英語の intelligence は軍事,政治だけでなく商事や経営戦略でも用いられるようになった.
 第一次世界大戦の終盤に,英国は戦後の商戦を見据えた施策に取りかかり,Dep. of Commercial Intelligence を設立した.外務省による訳名は「商務通報局」である.農商務省はすぐに「貿易通報課」を設置したが, intelligence に「通報」を充当したこの課名は,1934年(昭和9年)に商工省の組織改革で「貿易局通報課」が廃止されるまで存続した.
 1931年(昭和6年)に冨山房が出版した『大英和辞典』では,intelligence bureau の訳として「通報局」と「情報局」が併記されている.
 今日,軍用語だった方の intelligence を,一方的にインテリジェンスと表記したり,「諜報」とか「通報」と訳して使うことには違和感がある.私は「聡報」で置き換えたらどうかと提案しているのだが,受け入れてもらえるだろうか[1].いずれにしても,英訳における上述の誤解をなくすためには,これに相当する新しい言葉が必要である.

インフォメーション

 昔,何か新しいことを知って,あることがより明確になったとき,その要因となったものは何か,またそれを何と呼べばよいかということに頭を悩ました人たちがいた.Claude Shannon もその1人である.
 情報理論がまだ誕生していない大正時代に,ミステリー作家である平林初之輔は『ホオムズの探偵法』の中で次のように記述している[3].

 次に彼はある事件に対して,可能な説明を残らず思い浮かべる.時とすると,それは7つも8つもある.その中でどれが真理かは,はじめは自分にも分からぬが,その後のインフォメーションが附加されるたびに,例の除去法を用いて次々に不可能なものが除去されて,最後に真理をつきとめるのである.江戸川乱歩氏の『黒手組』に足跡のない人間を説明する場合にこういう方法が用いられている.

 ここで確度を高める因子として,「インフォメーション」という言葉がすでに使われていたことに驚かされる.

参考文献
1) 小野厚夫:情報ということば─その来歴と意味内容 ,冨山房インターナショナル (2016).
2) 荒川清秀:漢字の謎─日本語と中国語のあいだ,ちくま新書 (2020).
3) 平林初之輔:ホオムズの探偵法,新青年,7(3), p.96, 博文社 (1926).

(2021年3月1日受付)
(2021年5月15日note公開)

■小野厚夫(正会員)
神戸大学名誉教授.汎用計算機によるオンライン・データ処理,大型プログラムの汎用化を実現,泡箱写真自動解析装置を実用化.晩年は情報という言葉の用例を調べている.『情報科学概論』(共著),『情報ということば』.

『情報ということば─その来歴と意味内容』
小野厚夫 著,(株)冨山房インターナショナル,ISBN:978-4-86600-009-1

情報ということば300

<<目次>>
第1章 「情報」の初出 フランスの陣中軌典訳/酒井忠恕/訳本の普及
第2章 陸軍における「情報」 「情報」の公用語化/「情報」と「状報」/戦術教育と情報教育/「情報」と「諜報」
第3章 「情報」の一般化 日清戦争と「情報」/北清事変と「情報」/鷗外と「情報」
第4章 第二世代の「情報」 明治後期の「情報」/辞書と「情報」/大正期の情報政策
第5章 「情報」の暗黒化 情報委員会から内閣情報部へ/太平洋戦争と「情報」
第6章 現代の「情報」 情報化社会/情報とは