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雲というデータを読み解く

荒木

荒木健太郎(気象庁気象研究所研究官)

 「雲をつかむ」という言葉は,物事が曖昧とか非現実的という意味で用いられる.実際,雲は小さな水や氷の粒の集合体なので,物理的にはつかめない.

 しかし,雲から読み取れることは多くある.雲はその空間の湿度がほぼ100%ということを示し,雲の形状からは空気の流れも分かる.雲を見て天気の変化を予想することは観天望気といい,科学的根拠のあるものが多く,少しの知識で誰でもできる.

 コンピュータが発達する以前は,予報担当者は空を見て天気予報を作っていた.日本で最初の天気予報の伝達手段は交番での掲示だったそうだ.いまでこそスマホですぐ確認できる天気予報は,数値シミュレーションを基本とする.気象観測データをもとに仮想的な地球の大気を作り,それを格子状に分割して物理過程を考慮して運動方程式などを解き,将来の大気を計算する.その計算量は膨大なため,スパコンが必須となる.計算に用いるプログラム群を数値予報モデルといい,並列計算に強いFortranが現役で使われている.気象学はデータサイエンスの側面が強く,情報通信技術なしに天気予報はできない.

 天気は雲に左右されるが,雲は直接観測する手段が少なく,未解明な点が多い.モデルで記述される雲の物理過程の不確実性も,天気予報が外れる要因の1つだ.予報担当者はモデルの結果をもとに天気予報を作るが,モデルが完全ではないため,計算結果の妥当性を客観的に分析し,予報を構築する技術が求められる.しかし,完全でないモデルでもそこそこ当たるので,何も考えずにモデルの結果をそのまま使っても(精度は別として)予報自体はできてしまう.

 筆者が過去に予報現場にいたころに古い論文を漁っていた際,予報現場の職員が査読付き論文を多く書いていたのを知って感銘を受けた.わずかな観測データをもとに当時の気象学の理論から現象の本質に迫ろうとしていたのだ.一方,現在はモデルがある程度当たってしまうものだから,研鑽を怠って予報担当者の気象学の理解が過去に比べて浅くなっているのではないか?と危惧している(もちろんいまも超人的な予報担当者はいる).

 予報担当者に気象学の深い理解が必要なのは言うまでもないが,現在はネット上でモデルの結果に誰でもアクセスできる.ときおりきわめて大きな誤差を含む台風の予測結果が,あたかも信頼できる予報かのようにSNS上で拡散されているのを見ると,情報と科学のリテラシーの重要性を再認識する.

 気象学に興味はなくても,雲の写真を撮ってSNSに投稿する人は多いと思う.雲は存在自体が面白いデータであり,それを読み取ること(観天望気)で急な雨に困ることも少なくなる.そんな雲沼に人々を引きずり込むため,筆者は日々SNSで雲を発信している.読者の皆様も屋外ではスマホばかり見ずに,雲を見上げて愛でていただきたい.徐々に面白くなってきたら,気象予報士の資格を取ったり気象学会にも遊びに来たりしていただけるとなお嬉しい.

(「情報処理」2022年7月号掲載)

■ 荒木健太郎
雲研究者,博士(学術).専門は雲科学・気象学.防災・減災のために災害をもたらす雲の仕組みを研究している.映画「天気の子」気象監修.著書に「すごすぎる天気の図鑑」など.Twitter&Instagram:@arakencloud