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教科書通りじゃない情報処理, それが拡張現実

川田

川田 十夢
AR三兄弟長男

 新型コロナウイルスの影響で,世界中の市民が先の見えない閉塞感に苛まれている.6月以降のあなたが,どのような心持ちで毎日を過ごしているのか.4月の私は,想像しながらこの原稿を書いている.

 最初期は,飛沫感染の啓蒙になるような,目に見えない空気の流れを可視化するべきではないかと考えた.手を動かしてすぐ,悪い意味で無駄なことだと思いとどまった.ウイルス感染リスクがあることを自覚しながら,仕事場へ出かけなければならない人たちが膨大にいる.漫然とした閉塞感のなか,束の間の開放感を提供できるような,やがて根本的なルール変更につながるような,クリティカルな拡張現実を実装しないと私の存在価値はない.

 申し遅れました.通りすがりの天才,川田十夢です.AR三兄弟という開発ユニットの長男を担当しています.ミシン会社で特許開発などに従事して10年,AR三兄弟として10年の月日が流れました.ARといえば,情報処理学会員のパイセンたちのおかげで現在があるのですが,エンタテインメント領域でさまざまな先行事例を数えたという意味では,若干の功績があるのだと思います.かの暦本純一さんからは,ラジオ番組出演の際「ARはAR三兄弟のものになった」と言っていただきました.もちろんサービストークだとは思いますが,真に受けるのが私の取り柄なのでございます.ここは気分良く,改ページと代えさせていただきます.

 口調と論旨を元に戻す.有事に何を可視化するかが問われている.たとえば,電車の混み具合を可視化するのはどうか.平時であれば座れるかどうか程度のメリットだったが,有事のなか混雑を避けるのはすなわち命を守ること.累計データを元にした予測シミュレーションを提供するアプリは存在するが,有事である.予測では歯が立たない.電車に限らず,全国のリアルタイムな人口分布に紐付くビッグデータをお持ちの方がいたら提供してほしい.日本地図に,町々の混み具合や地域ごとの感染リスクを可視化,天気予報のように確認してから外へ出かけるよう呼びかけたい.病院への負担もいち早く軽減するべき.医師の経験を宿したAIをスマホで提供,それを介したオンライン処方箋,そして自宅までの配達を含む医薬品提供までの一貫サービスを合法化するべき.

 不要不急の拡張だけでは息が詰まってしまう.シルク・ドゥ・ソレイユの団員たちが一時解雇されている.彼らの経験をモーションデータ化,売り物にして当事者へフィードバックする仕組みを作りたい.人混みの少なくなった近所で,あるいは自宅のテーブルで,拡張現実的なサーカスを存分に楽しめるよう整備したい.最新のiPadはLiDARスキャナを搭載.不断のドリフトや不十分なオクルージョンのせいで,夢から覚めることはない.有事以前から,サーカスではもう扱えなくなってしまった曲芸を披露する動物たちを登場させることもできる.閉塞感やルールを越えて見せてこその,拡張現実なのである.

(「情報処理」2020年7月号掲載)

■ 川田 十夢
AR三兄弟長男
1976年生.開発者.AR三兄弟.長男.通りすがりの天才.毎週金曜日20時からJ-WAVE 『INNOVATION WORLD』が放送中,『WIRED』で巻末連載.最新著作『拡張現実的』が発売中.