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お風呂を掃除するタコ型ロボットOCTO

原田 慧(はらだ けい)

 原田君は,壁や天井に吸着し,スポンジや道具を把持することで風呂掃除が可能なタコ型ロボットの開発に取り組んだ.

 お風呂掃除専用ロボットは各家庭でニーズがある分野であるが,まだ製品化がなされていない分野である.従来のルンバのようなお掃除ロボットは,天井や浴槽の内壁を移動したり,垂直な壁を上下したりすることができない.磁力で吸着しながら移動する窓拭きロボットは,鉄板のない浴槽内で移動することは原理的に不可能である.剛性のある硬い足をサーボモータで制御するようなロボット機構はすでに多くの実装と理論があるが,柔らかく動くタコ型の足を制御して浴槽を傷つけないように移動するようなソフトロボットは実装が少なく,理論研究も少ない.

 3Dプリンタでロボットの製作に必要な各部品の金型を成形し,いくつかのゴム材料を組み合わせることによって,最終的に風呂掃除の要件を満たすタコ型ロボットOCTO(Original Cleaning Tender Octopus-type robot)を製作した(図-1).

図-1 製作したタコ型ロボットOCTOの外観

 このタコ型ロボットは,4本のタコ足アクチュエータを持ち,幅450mm,高さ150mm,重さ580gである.空気源チューブ20本によって,遠隔の空気圧システム(図-2)と接続され,圧縮空気の供給・排気をArduino Megaと電磁弁36個で制御している.

図-2 空気圧システムの構成図

 タコ足は16個の吸盤を持ち,真空ポンプで壁に吸着できる構造を持つ.実際に吸盤と接地面の空間を-60~70kPa程度に減圧させた状態で,90度の傾斜の壁面に吸着することができた.また,吸着用のパイプとは別の空気室に圧縮空気を送り出すアクチュエータの構造を設けることによって,タコ足を曲げることができる点もユニークである(図-3).

図-3 タコ足を曲げるアクチュエータの構造

 実際にお風呂の浴槽の中で壁面に吸着しながら,スポンジを持って拭き掃除できることを検証した(図-4).

図-4 スポンジで浴槽壁面を拭き掃除する様子

 空気圧でタコ足の動きや吸着を制御する機構を実現するため,ゴムの中に気泡が少しでも入っていると空気漏れが発生し,思った通りの制御ができなくなってしまうことがあった.そのため,気泡の混入をなくすような慎重なゴム成型には職人技が必要であり,1本作るのに80時間かかるタコ足アクチュエータを何度も破裂させるなど,精神面で試される場面も多々あった.未踏期間中,累計50本の足,プロトタイプ5体のロボットを製作した(図-5).

図-5 タコ型ロボット製作のために作った型の一部

 原田君の製作したタコ型ロボットのハードウェアはすべて柔らかいゴム材料で構成され,可動部のロボット本体には電子回路やセンサやモータがいっさい搭載されていない.制御に用いる空気圧システムを外部に設けることでロボット本体の防水性が担保されるため,水中や極低温などさまざまな環境に適応する可能性を秘めている.有用な応用先の1つとして,放射線の影響で通常の電子制御のロボットでは誤作動を起こす原子炉などでの稼働が可能であると考えられる.(竹迫良範PM担当)

[関連URL]
https://www.youtube.com/watch?v=Q7kedu26a7g

[統括PM追記] このプロジェクトは「ものづくり」という意味で本当にエンジニアリング魂に満ち満ちたものだった.本文でもお分かりのように,とにかく作った量が半端でない.材料,モールド剤,ポンプの選択,足を少し硬くさせるための加熱などなど,数々のノウハウが得られたに違いない.当初,足を1本作るのに80時間,ということは1週間じゃ足りない.ものすごい根気である.それが激しいタコ足愛(?)を生み,成果発表会では初期の足作品を,ついマイク代わりに握って熱弁するほどになった.
 生き物に学ぶエンジニアリングは本当に大変だと思う.タコの解剖学的初見も参考にしたとのことだが,タコには空気ポンプがない.きっと超分散的な細胞の収縮による吸盤効果なのだと思うが,それはそれで猛烈に難しそうだ.4本足が最適という原田君の方法は1つの現実解として,実世界で応用がきくところまで発展させてほしい.何よりも見た目に面白い.

(2022年6月30日受付)
(2022年8月15日note公開)