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情報システム分野の問題(2)

松澤芳昭(青山学院大学)

 今回の記事では,大場先生の記事に引き続き,情報システムの問題について検討していきたいと思います.2022年から始まる情報IIでは,「情報システムとプログラミング」分野で,「情報システムを調査する活動や情報システムを設計し制作する活動を通して,課題を解決したり新たな価値を創造したりする力を養う」$${^{1)}}$$ことをねらいとする教育が始まります.

 情報システム分野の主題は人間社会と技術の調和です.デジタル技術を利用した社会変革を実践するデジタルトランスフォーメーション時代に適った分野であると考えます.その一方で,人間活動と馴染む情報システムの設計・評価に関連する問題を扱うとなると,作られた文脈をよく分析した上で,課題解決の適切なデザインを問うような問題が求められるため,問題作成の研究が必要な分野とも考えられます.

 情報システム分野の解説問題選定にあたり,過去の「情報関係基礎」入試問題を見渡してみましたが,人間や社会を含む情報システム分野を扱う問題を見つけることは困難でした.そこで,今回は,試験問題開発研究プロジェクト$${^{2)}}$$で開発された問題の中に見つけることのできた情報システムをテーマとする問題を取り上げ,解答解説をしながら情報システム分野の問題について考えていきたいと思います.

 選定した問題は,平成29年度文部科学省 大学入学者選抜改革推進委託事業『情報学的アプローチによる「情報科」大学入学者選抜における 評価手法の研究開発』成果報告書,別添資料4$${^{3)}}$$に公開されている,試験問題V2情報2aセット1a 第2問「自治会館の予約システム」に関する問題です.現状の予約の業務分析を行い,その特徴と問題点を把握した上で,業務内容改善も含む,新しい情報システムの設計を考えることが求められている問題です.本問題は,CBT(Computer Based Testing)での実施を前提に作成されているため,画面イメージを使いながら説明します.

 現在電話と台帳(紙)で行っている自治会館の予約のシステム化がテーマです.自治会館の予約は「月予約表」と「予約台帳」によって管理されています.「月予約表」は,各部屋について,各時間帯ごとに,予約の有無を書き込み,予約番号が入っていることで予約があるかどうかを確認する表です.「予約台帳」は,申込者や目的の詳細情報を記入することが主目的ですが,台帳には,部屋,利用日,時間帯も記入するようになっており,「月予約表」と同じ情報を書き込むことが想定されています.同じ情報を書き込むことにより,異なる形式で情報を確認できることがこの設計の利点です.しかし,データの格納方法としては,同じ情報が重複する「冗長」な設計であり,人的な記入ミス等により,矛盾が生じる可能性があります.問1はその欠点を問う問題です.

 「月予約表」と「予約台帳」にて重複しているデータである部屋,利用日,時間帯について,矛盾がないかどうかを一つひとつ調べていきます.

予約番号1は,「会議室」,「2日」,時間帯は「午前と午後1」ですので矛盾はありません.
予約番号2も,「和室」,「3日」,時間帯は「午後1と午後2」と解釈して矛盾はありません.
予約番号3も,日を「1日,2日,3日」それぞれの時間帯「夜間」と解釈して矛盾はありません.
予約番号4については,部屋は「C」とありますが「C」は会議室と解釈して矛盾ありません.しかし,時間帯は「午前と午後」とあり,「午後」という表現は「午後1,午後2の両方」と解釈するべきと考えられますので,「午前と午後1」にしか予約番号の入っていない月予約表と矛盾します.
予約番号5についても,時間帯について「午前,夜間」とあるのにもかかわらず,月予約表では,午後にも予約が入っています.もし,午後にも予約が入っていることを意図しているのであれば,その表現としては「午前〜夜間」とする必要があります.

 したがって,答えは4,5となります.

 この問題を解きながらデータの矛盾を探す過程で,現在の予約記入方法の問題点が2つ見つかります.

 1つ目は,入力ミス等の事由によって,2つの帳票間に矛盾が生じる可能性のある設計になっていることです.データが「冗長」(同じ情報が重複している)であることがその要因であるので,データベースを利用したシステム化の際にはその「正規化」(重複している個所を取り除き,表現したい事象を取り扱いやすいように整理すること)を考えたり,入力インタフェースを工夫したりする必要がありそうです.

 2つ目は,入力された情報の形式の不統一が目立つことです.たとえば,日付も「日」が入っているものと入っていないもの,「C」と「会議室」や,「午後」なのか「午後1,午後2」なのか,といったものです.これにより矛盾や,意図が一意に解釈できない,といった問題を引き起こしています.日付の表現などは,人間が利用する場合には許容できる範囲とも考えられますが,情報システム化にあたっては「自動処理できない」という根本的な問題が生じます.

 問2では,この2つの問題を踏まえながら,業務改善を含む情報システムの設計を行います.

 問題の分析に基づいて,業務が詳細に定義されました.これにより,曖昧であった利用時間の区分やデータの形式のルール,「,」や「〜」などの記号の意味が定義されて,各用語や記号の意図が一意に解釈できるように整理されました.このルールの業務を支援する情報システムの開発ができそうです.

 一つひとつ検討していきます.

  1. 予約番号:ルール1)に従っています.

  2. 申込者:新ルールには規定がないので,問題はありません.

  3. 住所地区:ルール2)に従っています.

  4. 電話番号:ハイフンが入っているものがあり,ルール3)に従っていません.

  5. 利用人数:「人」や「〜」という表現があり,ルール4)に従っていません.

  6. 利用目的:新ルールには規定がないので,問題はありません.

  7. 部屋:「C」という表現があり,ルール5)に従っていません.

  8. 利用日:「日」という表現があり,ルール6)に従っていません.

  9. 時間帯:「と」や「午後」という表現があり,ルール7)に従っていません.

 したがって,答えは,4,5,7,8,9となります.

 システムの設計を考える課題です.仕様の条件を読み解き,それに従いながら受付担当者が部屋の空きを確認し,予約を入力し終えるまでの画面遷移を考えます.この問題で注意すべきところとして,新システムでの予約入力方法は,紙で行っていた従来の方法とは異なる方法であることが想定されていることです.このことは仕様の条件から読み取れます.具体的には,従来の方法では,「月予約表」と「予約台帳」の2つの帳票(表)に書き込むことによってデータを入力していましたが,新システムでの方法では,1回の入力で済むように設計されています.入力時の矛盾がなくなるように,1回の入力で2つの表に,矛盾なく自動的に書き込むようになっていることが,条件6,7より読み取れます(実際には,1つの正規化されたデータベースに書き込み,同じデータを用いて2つの見た目「月予約表」,「予約台帳」を生成するように設計されているはずです).

 このようなシステム設計を読み取った上で,画面遷移を考えていきます.予約の入力は1回で済み,その流れは,「予約受付画面」→「入力確認画面」→「予約番号画面」であることが条件から読み取れます(条件1,3,4,5).「予約受付画面」に行く前に,「月予約表」で空きを確認する必要があるため(条件2),順番は以下のようになります.

「月予約表」を表示する
「予約受付画面」を表示する
「入力確認画面」を表示する
「予約番号画面」を表示する

 この問題では,予約を入力し終えるまでの画面遷移が問われていますので,「予約台帳」を表示する必要はありません(自動でデータの入力はされています).

 入力ルールに適した入力方法の設計ができるかどうかが問われる問題です.一つひとつ検討していきます.

  1. 申込者:新ルールには規定がないので,「入力された文字のチェックはしない」が妥当です.

  2. 住所地区:東西南北の4種類ですので,「項目を画面に表示して選択させる」とするのが,入力ミスを防ぎ,項目数も少なく選択もしやすいので妥当です.

  3. 電話番号:ルールより「入力された文字が数字だけかチェックする」が妥当です.

  4. 利用人数:ルールより「入力された文字が数字だけかチェックする」が妥当です.

  5. 利用目的:新ルールには規定がないので,「入力された文字のチェックはしない」が妥当です.

  6. 部屋:3種類ですので,「項目を画面に表示して選択させる」とするのが,入力ミスを防ぎ,項目数も少なく選択もしやすいので妥当です.

  7. 利用日:数字と「,」「〜」のみを許可するチェックをするのが妥当であり,選択肢では「指定された文字もしくは記号以外が使われていないかチェックする」が該当します.

  8. 時間帯:数字と「,」「〜」のみを許可するチェックをするのが妥当であり,選択肢では「指定された文字もしくは記号以外が使われていないかチェックする」が該当します.

 したがって,解答は以下のようになります.

  1. 「入力された文字のチェックはしない」

  2. 「項目を画面に表示して選択させる」

  3. 「入力された文字が数字だけかチェックする」

  4. 「入力された文字が数字だけかチェックする」

  5. 「入力された文字のチェックはしない」

  6. 「項目を画面に表示して選択させる」

  7. 「指定された文字もしくは記号以外が使われていないかチェックする」

  8. 「指定された文字もしくは記号以外が使われていないかチェックする」

 このように,「人間活動と調和する情報システム」を指向する問題は,業務知識を理解した上で,業務に沿う情報システムのデザインを考える,というものになると思います.情報システムデザインには,システムのデータ構造やインタフェース仕様だけでなく,業務の背景や業務手順についての理解が必要不可欠であり,そのために,問題には詳細な背景説明が加えられます.解答者には,背景説明をじっくり読んでその文脈の問題の本質を理解し,解答することが求められています.単なる情報技術の知識だけではなく,人間の行動や社会の活動なども頭に入れた上での思考力や問題解決力が求められるでしょう.

参考文献
1)文部科学省「高等学校情報科「情報II」教員研修用教材」,https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyouhou/detail/mext_00742.html(2022.07.14に参照)
2)西田知博,植原啓介,高橋尚子,中野由章:「情報科」大学入試実施のためのCBTシステムV2と試行試験,情報教育シンポジウムSSS2019論文集,pp.226-233 (2019).
3)平成29年度 文部科学省 大学入学者選抜改革推進委託事業『情報学的アプローチによる「情報科」大学入学者選抜における評価手法の研究開発』成果報告書 (2018),https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/senbatsu/1412881.htm (2022.07.14に参照)

(2022年7月14日受付)
(2022年8月18日note公開)

松澤芳昭(正会員)
2007年慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程単位取得退学,博士(政策・メディア).2017年より青山学院大学社会情報学部准教授.情報システム学を応用したユーザ中心のソフトウェア設計と開発,情報教育,学習科学の研究に従事.

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