見出し画像

3Dプリンタで創る音の触感

望月 草馬(もちづき そうま)

 VRやARなどのいわゆるXR技術の大きな課題は,視覚と聴覚以外の感覚も刺激して,ユーザが体験するリアリティの質を高めることである.中でも触覚に着目した研究開発は盛んで,最近ではユーザが身に付ける装置を使わずに刺激を与えることが可能な「空中触覚ディスプレイ」が注目を集めている.その原理の1つは,いわゆる超音波フェーズドアレイ技術の活用である.多数の超音波振動子を配列して,位相制御により任意の点に超音波を集束させる手法で,東京大学,筑波大学,Sussex大学などが研究を進めている.

 この手法の難点は,位相制御にFPGAなど高価な計算資源が必要なことだった.望月君は,この課題を卓抜なアイディアで鮮やかに解決してみせた.一言で言えば,計算機で位相を制御する代わりに,振動子の位置を物理的に制御して超音波を特定の場所に集束させる.具体的には,上下方向に可動な振動子を凹凸のある構造物(位相記録版)に配置して,狙いに合わせて位置を変えられるようにする(図-1).この構造物を3Dプリンタで作成することで,安価かつ容易に超音波フェーズドアレイを構成できるわけである.

図-1 振動子の位置を物理的に制御して音を集束

 望月君は,提案手法に基づき振動子アレイや位相記録版を何種類も試作している.前者は最大342個もの振動子を備える大型アレイを作成(図-2).位相記録版としては3Dプリンタでさまざまな形状のものを作成したほか,紙粘土や紙といった身近な材料も使えることを確かめた(図-3).提案手法でフェーズドアレイを実現できることを示すために,音を直線上に集める効果がある位相記録版を用いて音圧分布を測定し,理論に即した結果も得ている.

図-2 試作した3種類の振動子アレイ
図-3 3Dプリンタ(左)や紙粘土(右)で作成した位相記録版

 提案手法には,専門的な技術や知識がなくともフェーズドアレイを利用できること,既存の指向性スピーカの発振回路やArduinoなどのマイコン基板を活用できる柔軟性といった多くの利点がある.XRへの応用はもちろん,フェーズドアレイ技術の応用先の拡大や研究開発の促進といった効果も期待できる.当初は教育用途が主軸になりそうだが,そこだけにとどまらず,従来手法では実現できなかったフェーズドアレイの活用分野をどう広げるかが,プロジェクト進展のカギとなると考えられる.

 望月君は,実用化に向けた準備を着々と進めている.中高生向けの研究発表の場であるサイエンスキャッスル2021関東大会や,友人を招いたワークショップを通じて,本手法が手軽かつ簡便に使えることを検証済みである.本プロジェクトで考案した手法や作成したデバイスの公開と振動子アレイの販売も予定している.今後の取り組みが,フェーズドアレイ技術の広範な浸透につながることを期待したい.(稲見昌彦PM担当)

[関連URL]
https://scrapbox.io/mitou-meikan/望月_草馬

[統括PM追記]望月君は高校生時代にすでにこの着想でいろいろな実験を行ってきたという科学工作少年である.しかも,その時点で大学の先生に協力依頼したという行動力の持ち主である.市販品で50万円もする位相制御回路を使わないで,超低コストで超音波フェーズドアレイによって音圧を集中させ,力に変換した.CDからアナログLPレコードへの回帰とでも言おうか.プロジェクト期間中も次々と新しいアイディアに挑戦し,最後は3Dプリンタも不要,「カタチ」による音の触感の概念に至った.
 私も成果報告会で被験者になったが,手のひらをかざすと何ともゾワゾワした感覚が伝わってくる.稲見PMの紹介にもある友人たちを招いたワークショップの写真を図-4に掲載しておく.超音波フェーズドアレイから伝わるゾワゾワ感は,まさに熱が揺らぐ囲炉裏に手をかざしたときに得られる感覚に近い.これは確実にコミュケーションを助けるツールになると思う.

(2022年6月30日受付)
(2022年8月15日note公開)