激動のAIの進化の中で
2023年度情報処理技術研究開発賞紹介
【受賞タイトル】
エンタープライズ向けAI の学習方式に関する研究開発
木村大毅(IBM 東京基礎研究所)
このたび,情報処理技術研究開発賞を拝受することとなり,身の引き締まる思いである.本賞は年1名の若手研究者に贈られるもので,これまでの研究努力が認められたことに,深い喜びと感謝の念を抱いている.ただ,この受賞は私一人の力ではない.ご指導いただいた上司や先輩方,多くのアイデアを共有してくれた同僚,共同研究先の研究者や先生方など,多くの方々のご支援とご指導の賜物である.皆様のご厚意に心から感謝申し上げる.
今回受賞の対象となったのは,エンタープライズ向けAIの学習方式に関する研究開発である.エンタープライズ向けAIではデータの量や質,そして意思決定の透明性が常に課題となる.そこで,私の研究では,少量や偏りのあるデータからの効果的なAIの学習手法と,説明性を保持したままのAIの学習手法の2つに焦点を当て,研究開発を行ってきた.企業における研究は,多様なジャンルを横断しながら,その時々のニーズに合わせたAIを生み出す必要がある.私自身も,AIの研究を軸としながら,医学判定用画像,衛星画像,自然言語によるQA,ロボットビジョンなど,複数の分野に取り組み,AIの力を広く社会に還元するためにさまざまな側面からアプローチしてきた.その結果,著名国際学会(WACV,ACL,EMNLP,ICASSP等)での発表に加え,学会(SSII,MIRU)からの最優秀論文賞などの受賞,著名国際会議(IJCAI)でのワークショップ開催,コンペティションでの精度1位と最優秀賞,さらにはNASAや同僚と協力してモデルとソースコードの公開など,多岐にわたる成果を得ることができた.
振り返ると,私の研究キャリアは常に昨今のAIの進化と共にあった.大学時代,ニューラルネットワークの画像処理を研究していた頃,深層学習がブレイクした.企業研究所に入った当初は,当時ブームになっていた画像による一般物体認識やゲームAIの研究に没頭した.その後は,本賞対象のエンタープライズ向けAIの研究開発に注力して,上述のように,さまざまな分野へAIを応用しながら,激動のAIの進化に身を投じてきた.研究者として1つの専門性を深めるキャリアの築き方もあったと思うが,変化の激しいAI時代だったからか,私の場合はさまざまな対象に専門性を柔軟に適用させる力が求められてきた.ただ,その中で「エンタープライズ向けAIの学習方式とは何か」という問いを常に意識し続けたこと,そしてエンタープライズ向けAIの2つの課題をクリアできるようなAIを研究開発し続けてきた実績が,今回の受賞につながったと考えている.
AIは日々進化し,企業のニーズも変わる.その中で,研究の芯を見失わず,しかし固執もせず,柔軟に適応しながら前進する,そんな研究者であり続けたいと思う.この賞を励みに,より一層の精進を重ね,AI技術が真に社会に貢献できるよう,研究の深化と発展に邁進する所存である.
(2024年6月10日受付)
(2024年7月16日note公開)