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情報革命がもたらしたシニアネットの奇跡

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近藤 則子
老テク研究会事務局長/ NPO ブロードバンドスクール協会コーディネータ

 ミシシッピ川沿いに建つ銀色に輝く巨大なアーチはかつて夢と希望を胸に西部へ向かう開拓者たちの出発点であった.1996年の夏.セントルイスのアーチホールでシニアネット(SeniorNet)10周年記念大会は“Future meet the Past”と題され,全米から集まった1,000人を超えるボランテイアやサポータの政治家,企業家,有名人であふれていた.

 シニアネットは,高齢者が高齢者にパソコンを教える400の学習センターと4万人の会員たちが交流するネットコミュニティを運営する世界最大規模の非営利団体であった.

 豪華な花で飾られた壇上で挨拶をする創設者のメリー・ファーロング博士はキャンディス・バーゲンに似た若く美しい女性であった.大学で教育学を教える博士は温かい声でゆっくりと高齢者たちに語りかける.「コンピュータは心の自転車」だと.サイバースペースというネットワーク上には,世界中の人たちと交流できる場所がある.そこでは年齢や性別,障害に関係なく学ぶことも働くことも恋をすることだってできる.パソコンを利用できれば,寝たきりで動けなくても社会貢献ができるといくつかのエピソードを紹介した.

 ベトナム戦争で負傷した退役軍人のA氏はシニアネットを通じて不登校の子供たちに数学を教えはじめたところ暮らしは一変.それまでのテレビをみるだけだった退屈な毎日は好きな数学を教える楽しさで充たされた.協力してくれる仲間も増え,ネット上で教材を共有しながら自分も指導者として成長していると喜んでいる.自宅で夫の介護をしているサンフランシスコの女性は嚥下障害で気管切開が必要らしいと悩んでいたときに,ボストンの医師から舌をリハビリする方法を教えてもらい,夫が食べる楽しみを取り戻すことができたと喜んでいるという.車椅子の男性のベストボランティア賞をたたえる盛大な拍手の中で,日本でもシニアネットを拡げようと思った日から25年が過ぎた.

 老テク研究会は過酷な家庭介護をICTで変えたいと高齢者のICT利用支援活動に取り組んできた.この数年,シニアネットの種から元気な花が咲いてきた.

 老人ホームのパソコン教室のために考案したWordの描画機能だけで絵を描く講座は全国に拡がり,高齢者向けの携帯電話やスマートフォン教室は電話会社が実施するようになった.

 メロウ・ソサエティ構想から生まれたメロウ倶楽部は創立から20年.昨年(2020年)からはfacebook上で92歳の男性が病院から闘病記を,67歳の女性が孫にプログラミングを教える楽しさを発信している.同倶楽部の副会長である若宮正子さんは2017年,81歳でゲームアプリhinadanを公開し,世界最高齢のプログラマとして有名になった.国内外の講演会で「高齢者こそデジタルを使おう」と熱弁をふるっている.

 情報革命はそれまで社会参加が難しかった人たちが活躍できる時代をもたらしてくれた.老いの孤独と障害を解消してくれた情報技術者の皆様に心からの感謝と敬意を捧げたい.

(「情報処理」2021年7月号掲載)

■ 近藤 則子
1992年,老親を介護する友人と「老テク研究会」を創設.事務局長を担当.総務省,厚生労働省,内閣府などの政策検討会に参画.横浜市民生委員.