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LGBT and beyond

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豊田 啓介
noiz共同代表,gluon共同代表,建築情報学会副会長,コモングラウンド・リビングラボ ディレクター,東京大学生産技術研究所客員教授

 LGBTという言葉は今さら言うまでもなく,性的指向性のより解像度の高い体系を示そうとする言葉で,近年その後にQIAPAK……とどんどん頭文字が追加され,ブロックチェーンのごとく延びつつある.

 これは素晴らしい流れだと思うし,驚くほど最近まで人の性的属性を単純なバイナリ構造として無批判に扱っていた現実があったことが(いや今も厳然と続いているが),むしろ信じがたいような印象すら受ける.ピンクとブルーにしろ赤と黒にしろ,「女」と「男」を原色で塗り分けていた感覚が,両極間に連続的かつ多様な「色」が混ざり合いスペクトルを構成する,さらにはおそらく単一の軸ですらない複雑な構造を持つという理解へと,社会の解像度が急速に上がっている.

 建築や都市,特にいわゆるスマートシティと呼ばれる領域を計画する立場から見ると,このスペクトルが「人」の領域にとどまらないことも見えてくる.たとえばコロナの影響もあり,急速に日常空間に入り込んできつつある,多様なディジタルエージェントの世界がそれにあたる.VRアバターであったり自律モビリティであったりARキャラであったりとその姿は多様で概念としてもまだ一般的ではないので,僕は最近これをゲームの世界のNPC(Non-Player Character)にならい,NHA(Non-Human Agent)と呼ぶことにしている.NHAの中にも,背後で人が操作するアバター的なものから自律的なものまで,また物理的実体を持つものからバーチャルなものまで,多様な軸とスペクトルが存在する.さらに言うと,一般にエージェントというと人間と近しいスケール感や身体性を備えているイメージだが,たとえばスタジアムや都市全体に宿るAIのような環境側の自律的な存在もまた,拡張的なエージェントとして扱うべきで,その境界はあいまいだということも見えてくる.そうしたNHAの重層的で多様な環世界を,それぞれの行為空間のスケールやLoD (Level of Detail) ,センシングやアクチュエーションのモダリティに基づき「相応に汎用な形」で整理することが,いわゆる「スマートシティ」の社会実装においては重要だ.

 どうしてもディジタルとかスマートとかいうと抽象的な情報レイヤの議論になりがちだが,そうした情報体系が「人」とインタラクションを行い,有意な価値を生み出すには,何らかの形で物理世界をディジタルにも記述し,物理世界と情報世界の相互認識のフィルタとして実装することが不可欠である.エージェントの種類ごとに存在し得る多様なサービス領域がそれぞれ独自に(無限に存在し得るスペクトルの色ごとに)そうした体系を開発していては,あっという間に情報サブシステムの組合せ爆発が社会に機能障害を引き起こしてしまう.環境側,いわば神の視点から多様なエージェントを制御する,そんな主体も必要だ.あらゆる行為や受益の主体が「人」のみであり得た世界は20世紀までの常識で,我々はすでに主体のスペクトルが人領域の外へと拡張する時代に足を踏み入れている.にもかかわらず,HumanからNHAに至る共通の認知と記述の体系をそこそこ汎用な形で体系化し,物理環境をディジタルにも認知可能な3D記述体系として汎用化する動き,すなわち環境にディジタルに記述可能性と可読性を備えた汎用の身体性を与える動きは,意外なほどに始まっていない.それを今「コモングラウンド」と名付けて,まずは建築・都市領域からの投げかけを始めている.

(「情報処理」2021年9月号掲載)

■ 豊田 啓介
1996〜2000年安藤忠雄建築研究所.2002〜2006年SHoP Architects (New York).2007年より東京と台北をベースに,蔡佳萱・酒井康介と共同でnoizを主催.建築や都市領域へのディジタル技術の導入と,新しい価値体系の創出に積極的にかかわる.建築情報学会副会長(2020年).大阪コモングラウンド・リビングラボ ディレクター(2020年).

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