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なぜ一風堂は、老舗の大衆食堂とコラボしたのか?発祥の地・大名を巻き込む新たなアクションに迫る。

「立ち呑みできる一風堂」として、2017年2月にオープンした『一風堂 天神西通りスタンド』がユニークな取り組みをスタートしています。今年の4月には、福岡・大名にあるラーメン居酒屋『土竜が俺を呼んでいる』とコラボレーションし、限定メニュー「もぐ零(ゼロ)ラーメン」をリリース。そしてこの7月には、コラボ第2弾として、創業60周年を迎える老舗の大衆食堂『一膳めし 青木堂』と相互に限定メニューを提供しています。今なぜ一風堂は、わざわざ地域の店と手を組むのか? その想いに迫るべく、当事者である3店舗のキーマンに話を聞きました。

WORDS & PHOTOS by YUICHIRO YAMADA (KIJI))

次は老舗定食店とのコラボレーション。

ご無沙汰しております、ヌードルライターの山田です。前回、「ブラックモンブランの記事」を書かせてもらって以来の登場となります。今回紹介するのは、一風堂と『青木堂』のコラボレーション。青木堂といえば、大名の紺屋町商店街の真ん中にある、福岡の人にとってはおなじみの大衆食堂です。

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6月某日。時計の針は22時を回り、すっかり夜の漆黒が濃さを増す時間帯。街灯の光がいっそう強く感じられます。一風堂の営業本部長である島津智明さんに連れられ向かった先は、閉店後の『一膳めし 青木堂』。次回のコラボレーションに向けて、3代目の青木秀徳さんとの最終的な試作の現場に立ち会わせてもらいました。

島津:こんばんはー! 今日はよろしくお願いします。

青木:どうも! こちらこそよろしくお願いします。いやー、なんか緊張するなあ。

元気よく交わされた挨拶。すっかり意気投合している様子が伝わってきました。てっきり昔からよく知る仲なのかと思いきや、交流が生まれたのはつい最近。前回の『土竜が俺を呼んでいる』(以下、もぐ俺)と『一風堂 天神西通りスタンド』とのコラボレーションがきっかけでした。

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青木:もぐ俺と一風堂がコラボしてるのは知っていたんですよ。ただ、正直に言うと、ちょっと勘繰りたくなるところもあって。なんといっても権(ごん)ちゃん(『土竜が俺を呼んでいる』店長・権藤将宏さんのニックネーム)とは同じ大名で店を営む者同士、付き合いが濃いですからね。「本当に『もぐ俺』のことを理解してコラボとか言いようと?」みたいな気持ちで(笑)。それで、どんなラーメンができたのか気になって、もちろん応援したい気持ちもあるから実際に食べに行ってみたんですよ。そしたら美味しいじゃないですか。しかも権ちゃんが厨房におるし、ちゃんとしてるやんって。何か、偉そうですみません(笑)。

島津:権ちゃんが前回のコラボが終わった後に、すごく良い感想をFacebookに綴ってくれてたんですよね。それに青木さんがコメントしているのを見て、「今だ!」と思ってその日に『青木堂』さんに食べに行ったんです。その時は名刺交換だけでしたが、改めて今度飲みましょうとお誘いして酒を飲み交わしました。

青木:まさかオファーが本気だとは思っていませんでしたよ。今では世界の一風堂ですからね。そもそもうちは一膳めしの店で、業態も全く違いますし。でもそこでお互いのことや大名の街の話をして、「ああ、本気なんだな」と、よく分かりました。何より面白そうだと思えたんですね。その時点ではどんなラーメンにするのかノープランでしたが、コラボレーションをする!ということだけ決めました。

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こうしてとんとん拍子にコラボレーション開催が決定。青木さんから一つだけ、2店舗、つまり一風堂スタンドと青木堂の両店でコラボレーション商品を提供したいという提案がありました。前回、もぐ俺とのコラボレーションの際には権藤さんが一風堂スタンドの厨房に立ちましたが、青木さんは自分の店を離れることができません。その対策として、2店舗それぞれ限定メニューを提供しようということになったわけです。実はこの提案には、もう一つ、大きな意味が込められていました。

青木:『もぐ俺』とのコラボで良いなと思ったのが、『一風堂』のことは知っているけど、『もぐ俺』のことは知らないというお客さん、逆に『もぐ俺』に普段行くけど、『一風堂スタンド』には行ったことがないというお客さんが、それぞれの店の存在を知る機会になったり、このコラボを機に実際に両方の店に足を運んだり、そういう交流が生まれていたのが、すごく見ていて楽しかったんですよ。

島津:それこそ自分が思い描いていたコラボレーションの理想の形だったんですよね。大名は一風堂にとって創業の地なんですけど、今では県外、そして海外にも店舗を出していってる。そうするとやっぱり地元の人たちの意識としても、ちょっと遠い存在になっているだろうなぁというのは正直感じるんです。ホームなのにアウェイみたいな。でもやっぱり大名は特別な場所ですし、改めてそんな風に地域に根差したアクションが起こせればという思いが根底にありました。大名にまつわる店、場所を巻き込みつつ、交流を深めていこうと思ったときに、この街のシンボルみたいな『青木堂』さんと一緒にこういう企画ができるのは、すごく意義があるなと思うんです。こういう動きを、一風堂が出店している各地域・各都市でやれるのが理想だと思っています。

とんかつ入りか、はたまた定食スタイルか。

今回のコラボレーションにおけるきっかけをひと通り聞いたタイミングで、いよいよ試作が始まりました。青木さんが作りはじめたのは、今回披露される「かつラーメン」。青木堂のとんかつをチャーシューの代わりにドーンとトッピングした食べごたえ十分な一杯です。スープは一風堂の白丸がベース。とんかつのほか、キクラゲ、ネギ、紅生姜、ゴマを添えて仕上げます。ただし、麺については試行錯誤がありました。

青木:茹で具合が難しいんですよね。うちの店にはちゃんぽんはあるけど、ラーメンがなくって。細麺の扱いは全くの未知。元々、白丸に合わせる細麺が良いかと思っていたんですが。

島津:それはこちらでも想定していました。ちなみに赤丸に使っているこの中細麺ならどうです? こっちの方が少し太いので、堅さのブレが出にくいはず。

青木:ああ、これは良いですね。うちの店の場合、かつラーメンを作りながら、同時に定食のおかずもどんどん調理しないといけないから、こっちの麺の方が調理しやすい。

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定食の店でラーメンを出す。勝手を知らない人がその言葉だけを聞くと、そんなに大変なことではなさそうですが、ただでさえメニューが多様な『青木堂』に、調理工程が異なる新メニューが投入されることは、想像以上にいろいろなハードルがある様子。完成したかつラーメンを試食させてもらうと、まずスープが力強い。とんかつの衣からスープに溶け出した脂がコクを深めます。豚骨スープを吸ったとんかつはジュワッとジューシー。とんかつと豚骨という同じ豚由来の食材ということで、その相性の良さを実感しました。

一方、『一風堂スタンド』が提案するのは、『青木堂』の一膳めしスタイルを取り入れたラーメン定食です。その名も「深夜青木堂 ラーメン定食」。ミニサイズの白丸、おにぎり、アジフライ、そして、明太ディップ、肉高菜、「青木堂」自慢の豚味噌がまとめて楽しめる内容です。高菜と肉味噌はおにぎりと一緒に味わっても良いですし、ラーメンの味変に加えてもOKな仕様になっています。

提供スタイルだけではありません。その時間帯もまたユニークです。販売開始は青木堂の閉店後にあたる22時から。深夜限定、しかも定食形式という在り方は、これまでの一風堂の限定メニューの中でもかなり斬新です。

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お互いの大名愛を重ねる。

試作も終わり、そのまま今度は『土竜が俺を呼んでいる』に移動。営業中のオーナー・権藤さんも加わりつつ、話は“大名愛”へと広がっていきます。

青木:そういえば、こうやってきちんとコラボしてメニューを出すのって、青木堂の60年という歴史の中でも初ですよ。コラボをしようという発想自体なかったですからね。

島津:まさかの展開ですよね。「もぐ俺」の場合は、権ちゃんが一風堂のOBという繋がりがあったから、今回はなおさらお客さんが驚くでしょうね。「青木堂と一風堂? 何で?」って(笑)。これも全て権ちゃんのおかげやね。

権藤:いやいや、そんなことはないですよ。でもきっと僕が一番嬉しいですね、今回のコラボは。大名といえば、青木堂さんですから。

青木:ああやって権ちゃんが嬉しい報告をFacebookにアップしてくれていなかったら、この話はなかったけんね。

権藤:自分の作ったラーメンを、創業者の河原会長にも食べていただけて、その瞬間は何とも言えない感覚でしたね。感無量というか、とても緊張しましたし、嬉しかったし。Facebookにも書いたんですが、自分の中で心が晴れやかになったんです。『一風堂』出身といっても働いていたのは約4年間でしたし、胸を張って言えなかったんですよね。ただ、こうやって一風堂を離れて、自分なりのラーメンを作り、そしてまた、『一風堂』の厨房に立てたことで、歩んできた道が間違っていなかったと認めてもらえたような気がして、報われた思いです。『もぐ俺』を続けてきて良かった。本当に感謝ばかりですね。

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権藤さんの話を受け、青木さんも今回のコラボレーションに込めた真意をゆっくりと語り出してくれました。

青木:そこなんよね。僕は大名で生まれ育ち、こうして今も、大名にいる。今回のコラボで儲けたいとか、『青木堂』を有名にしたいとか、そういう気持ちは全くなくって。ぼくの場合は大名という街の魅力を一人でも多くの人に知ってほしいという思いだけです。大名っていつも面白そうなことをやっているな。そんなイメージ、メッセージが多くの人に届けばそれで十分。うちのような老舗がやるからこそ、意味があると思うんですよ。

島津:一風堂では昔から「未来の老舗になろう」という指針がありました。創業当時は現在のような賑わいはなかった大名の路地裏。ここで続けてきたことが、今につながっています。自分もここで働いていたから分かりますけど、大名はカッコよくて温かい人が多い街なんですよね。そういう人が集まる面白い場所であり続けてほしいし、その思いがお互いにあるからこそ、話も進むんでしょうね。

青木:だから、極端な話をすれば、1日にオーダーが全く入らなくっても良いんですよ。もちろん食べていただきたいですよ。けれど、それよりも、やることに意味がある。赤字でも良いです(笑)。

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コラボレーションという言葉には「共同制作」「共演」という意味があります。飲食業界においては、互いの店の長所、特徴をクロスオーバーさせ、一つの作品=メニューを作り出すという解釈となりますが、3人の話を聞いていると、美味しいメニューを完成させることだけがコラボレーションの目的ではないのだと痛感しました。互いの思いを重ねるというコラボレーションは、食べた人の心を動かすばかりでなく、街のあり方、その存在意義までも変えるパワーがあるように思えました。

『青木堂』と『一風堂』のコラボの詳細はこちらから。「一風堂 天神西通りスタンド」では、今後もこのコラボシリーズを継続予定。次なる展開もお楽しみに!

WORDS by YUICHIRO YAMADA
山田 祐一郎

日本で唯一(※本人調べ)のヌードルライター(麺の物書き)として活動。製麺工場を営む山田家の長男として生まれ、幼少期から麺を食べ続けて育った。現在も1日1麺をモットーに、地元福岡を中心に、全国各地の麺を精力的に食べ歩き、専門書や雑誌、webマガジンなどに寄稿する。研究対象はラーメンからちゃんぽん、そばまであらゆる麺。ラジオ番組、テレビ番組への出演も多数あり。著書に福岡初のうどんカルチャーブック「うどんのはなし 福岡」。日々の食べ歩きの記録は、自身が運営するwebサイト「KIJI」内で連載中。自ら監修する麺アプリ「KIJI NOODLE SEARCH」も2017年3月にリリース。
http://ii-kiji.com


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