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オーダーミスもノープロブレム!? 「注文をまちがえる料理店」が 夢見る寛容な社会。

「注文をまちがえる料理店」という、ちょっと不思議な名前の料理店をご存じでしょうか? 実はこの料理店、ホールで働く従業員が、みんな認知症の方々なのです。「認知症になっても、何もできなくなるわけではない。オーダーを間違うことはあるかもしれないけれど、それも一つの個性として受け入れ、寛容な社会を思い浮かべるきっかけになってほしい」。そんな想いで生まれたプロジェクトです。2017年6月に行われたプレイベントは大きな話題となり、世界中へニュースとして拡散されました。 一風堂はこの想いに共感し、2017年9月のイベントにおいて、メニュー提供でご協力する機会をいただきました。その様子をレポートします。

WORDS by Kou Maesono
Photo by Ichiko Uemoto

広がれてへぺろの輪! 認知症の方とつくった、3日間だけの料理店。

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2017年9月16日、東京・六本木にあるレストラン「RANDY」は、突如外観が様変わりしました。店舗の外装には「注文をまちがえる料理店」という文字と、ペロッと舌を出したお茶目なロゴが入った看板が。いわゆる“てへぺろ”を表すこのロゴマークに、このプロジェクトが目指す世界観が表現されています。「注文をまちがえる料理店」を企画したのは、テレビ局のディレクターでもある小国士朗さん。自身が制作に関わったドキュメンタリー番組の取材を通して、認知症を取り巻く現実や課題に直面し、この料理店を構想したといいます。

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小国:「認知症と一口にいっても、その症状や状態は様々です。人にもよるし、時や場所によっても変わってくる。症状が出るときもあれば、普通に会話を楽しむこともできるし、働くことだってできるかもしれない。認知症だからといって、隔離するような方向ではなくて、考え方ややり方次第では、ごくごく当たり前の暮らしもできるんじゃないのかなぁということに気づく、ひとつのきっかけになればと考えました。」

注文をまちがえる料理店のために考えた、一風堂の“汁なし”メニュー。

6月に行われたプレイベントでは、そのコンセプトが大きな反響を呼び、賛同の輪が広がります。クラウドファンディングを通じて多くの支援が集まり、この日のイベントが実現することに。そんな中、「注文をまちがえる料理店」で提供するメニュー開発の相談先のひとつとして、一風堂にお声がけをいただいたのです。一風堂で商品開発を担当している坂下大樹が、その経緯を振り返ります。

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坂下:「最初のミーティングに参加させてもらった時に、すごく意義のあるイベントだなと思いました。その時に思ったのは、作るならラーメンじゃないなということ。認知症の方は年配の方が多いから、熱いものや汁物だと、こぼしてしまったら大変じゃないですか? サーブしやすくて、それでいて一風堂らしいもの、ということでパッとひらめいて、汁なし担担麺を作ることにしました。」

メニュー開発には、一風堂の他に、RANDY、グリル満天星、虎屋、カフェ・カンパニーなどが参加。それぞれがこの日だけの特別メニューを準備しました。もしオーダーは間違えちゃったとしても、味はちゃんと満足してもらえる本格的なものをと、それぞれの飲食店が腕によりをかけてメニューを用意。そして、その料理をお客様にサーブしてくれるのが、認知症の状態にあるホールスタッフの皆さんというわけです。

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この日、ホールスタッフとして参加してくれたのは、20名の認知症の状態にある皆さん。プレイベントを経験している方もいらっしゃいますが、やはり皆さんどことなく緊張されている様子です。まずは全員で整列してお客様をお出迎え。そして、順番に各テーブルへオーダーを取りに行きます。お客さんは、クラウドファンディングで支援してくださった方ばかりで、このイベントの趣旨を深く理解してくださっている人たち。注文の取り方がたどたどしくても、笑顔で受け入れてくれているのが分かります。その空気感が伝播し、スタッフの皆さんもだんだんとリラックス。お客さんと会話を楽しむ余裕も生まれていました。

違いを認めることで生まれた、厨房でのチームワーク。

一方厨房では、次々と入ってくるオーダーを受けて、「RANDY」「グリル満天星」「一風堂」の3つのチームそれぞれが、テキパキかつ丁寧に料理を用意しています。この日、厨房で調理や盛り付けを行った一人が、かつてはインドネシアの一風堂に赴任していたこともある国際派で、現在はアジア地域の進出準備を担当している三上貴司です。

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三上:「厨房にこもりっきりで、店内の様子はあまり見ることができませんでしたが、その中で『世間にもっと認知症を知ってもらい、認知症の方々が暮らしやすい社会を創っていきたい。違いを受け入れること。そんなことが当たり前にできる社会になったら素敵だね』という話をみんなでしました。違いを受け入れるという点では、今回の厨房内は正にそんな理想の縮図だったのではないでしょうか。初めて顔を合わせた3つの業態同士が、全く違う料理で、同じ厨房の中で料理を作っていく。こんな稀有な状況にも関わらず、声かけ、連携が自然に生まれ、互いに助け合い、そこにひとつの『場』が生まれたことはすごく素敵な体験でした。」

間違っても笑顔、間違わなくても笑顔。

さて、肝心のサーブの瞬間はというと? オーダーどおりのメニューが届くテーブルもあれば、「あれ、ここじゃない?」と、店名どおり間違ってしまう場面もチラホラ。それでも、殺伐として空気感は一切なく、優しく見守ったり、一緒になって笑い合ったりと、誰もがそのことを受け入れ穏やかな雰囲気を生み出していました。気がつけば、認知症の状態にあるホールスタッフの皆さんとお客さんとの間で会話が弾み、どのテーブルからも大きな笑い声が聞こえてきます。

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食事を終えると、この日スタッフとして参加した一人で、ピアニストでもある三川泰子さんと、ご主人の三川一夫さんによるバッハの演奏が披露されました。数年前に若年性認知症と診断されたという泰子さん。落ち込むことも多かったそうですが、チェリストである一夫さんの支えもあってピアノの練習を再開したそうです。演奏時には途中で失敗する場面もありましたが、泰子さんは何度でもやり直し、最後まで演奏を終えると、会場は拍手喝采。涙を流す人の姿もありました。

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この日一風堂の厨房スタッフとして参加したマネージャーの荒川勝利も、三川さんの演奏を聴いて感動した一人です。

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荒川:「間違えても、ごまかすことなくその都度弾き直して、演奏が終わった頃にはスタッフもお客さんも一つになって拍手をしていました。その寡黙な背中を見ながら私が感じたのは、認知症の三川さんではなく、プロの演奏家としてのプライドを持った三川さんの姿勢です。そのことに、言葉には出来ないのですが、何か込み上げてくるものがありました。一人のラーメン職人として、人の心を動かすようなことをできているか、誰かにプラスの影響を届けられているのか。自分のプロとしての在り方を見直す機会になりました。」

2018年、「注文をまちがえる料理店」は社団法人へ。

発起人の小国士朗さんは、イベントを終えた後こんなことを語ってくれました。

小国:「プレイベントのときは、6割くらい注文を間違ったんです。でも今回は、間違いが半分になった。これは、ちゃんと周囲が配慮して、ホールスタッフの皆さんに任せる内容のバランスや適切なオペレーションを考えれば、認知症の状態にある方でも働くことができるという可能性に繋がります。今回みたいに、社会全体が、少しくらい間違えたって『ま、いっか』と笑い飛ばせる寛容な世の中になっていけば、少しは救われたり暮らしやすくなったりする人も増えてくると思います。もちろんこの料理店で認知症の症状が劇的に改善するわけではありませんし、認知症についてはまだ課題も多いと思います。でも、例えばマタニティマークのように、「テヘペロマーク」を付けている方がいたら、自然と周囲が配慮できるような仕掛けを作ってみるとか、まだまだ取り組めることはあると思います。あ、そうそう、汁なし担担麺、めちゃくちゃ美味しかったですよ! あれ、ここだけと言わず、一風堂でも出してほしいです(笑)」
そして2018年4月、注文をまちがえる料理店は、一般社団法人となりました。全国各地から寄せられる「自分たちの街でもやりたい!」の声に応えるために、着々とサポート体制を整えています。小国さんも社団法人の専務理事として、今後もこの「寛容な社会づくり」に向けて、さまざまな活動を続けていくとのこと。一風堂も、いろんな形で関わり続けられたらと願っています!

「注文をまちがえる料理店」へのお問い合わせは、
一般社団法人 注文をまちがえる料理店 事務局まで
メール:mistakenorders@gmail.com
公式サイト:www.mistakenorders.com

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WORDS by KOU MAESONO
前園 興

出版社、編集プロダクションを経て、2011年に力の源ホールディングス入社。一風堂を始めとした社内ブランドの販促企画や、広告物の制作ディレクションに携わる。一風堂の各種SNS運用や、ウェブマガジン「IPPUDO OUTSIDE」の編集も担当。

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