ねがてぃぶ
ひさびさにかわいいかっこをした。
なのに、外は雨だし。髪は猫っ毛だから湿気に弱いぐしゃぐしゃだし。
かわいくてすきなブランドのお洋服なのに、外にきていくと恥ずかしくてなんだかおうちにかえりたい…になった。
ここのところ必要最低限いがいは引きこもり。
元々内向的だったことを思い出した。
わたし自身わたしのことが読めないところがあるんだけど、急に去年の11月みたいに海外(そんときはスウェーデン)行ったり、衝動的に動いちゃうことある。だから外外のタイプかとも思われそうだけど、
いろんなことに繊細になって(とくに音とか)
電車にも乗れなくなる時期もある。
じぶんでも不思議…後者の方が生きづらくはなるけど何かを表現したり制作するとなるとしんどさもあるけど絶対後者がいい。
どちらの自分も良さがあり、良い感じに組み合わさってほしい…などと考えるこの頃。相変わらず生きづらさをかかえてます…ぴえん
2月入って心身が優れなかったのもあるけど
できるだけ内に内に、そもそもずっとねむくてねむくて。必要なこといがいはいっぱい寝てる。ねむくてねむくて仕方ない。病的だ。
ひとりでいるときのわたしのあたまのなかはネガティブ。
ひとりだったら、雨が降ってたり目的地までうまくいけなくて遅刻しちゃうとあたまのなかははぁ…(ため息)ってなっちゃうんだけど、
おともだちが「食前のいい運動だねっ♪」とかぽんぽんポジティブなことばがまほうみたいにでてくるような子で、自然とそうゆう言葉がでるこって素敵だなぁって尊敬しちゃったし救われちゃった。
だけど、わたしはこのじぶんのネガティブさを否定はしない。
だってネガティブだからこそ人のそうゆういいところを発見できるのかもしれないともおもうし。
ネガティブがあるからポジティブに変換したことを口から発することができるのかもしれない、とか…
この前神社にお参りにいった。
おみくじを引いたら、「願うこと」とかかれていた。願うこと のわたしの解釈、は頭の中で願うのではなく口にだすこと、ネガティブなことを頭のなかでいくら思っても言葉にだすのは願いを。そうしていきたいと思った。
ちょうどそんなこと考えてたから、いつも以上に素敵だなって発見もあったのかな。
アンテナ張っていきたい。
行きでは似合ってるかも不安だったお洋服も、
これ着てきてよかった
そうおもえたの
目に見えないもの、ときめきを詰め込みたいとさいきん改めておもった。
わたしがわたしの思う道にすすむため
またアルバムを制作し直したりするにあたって、今後のことを考えたり自分をみつめなおす時期で
しごとと活動の両立で体調崩したりしないよう(この意識だいじ)日々模索中で、さいきんは毎日涙目で不味い漢方はじめてのんでたりする…。
葛藤してる。
こうゆう時とくに気持ちも落ちやすいけど、そんなじぶんも受け入れて前にすすみたい。
たぶんもうすこし葛藤します。
いっぴきらびちゃん
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