2008年阪大日本史第2問答案例

答案例①
 惣村は神社の祭祀組織である宮座を中心に、名主や新たに台頭してきた小農民によって、構成された。惣村の運営は有力名主である乙名・沙汰人などの指導者を中心に寄合を開いて、行われた。惣村は有力名主の軍事力を背景に自衛し、農業生産に必要な灌漑施設や入会地を管理して、領主への年貢納入も村単位で行った。また、寄合で定めた惣掟に基づいて村の秩序を維持し、掟に背いた者は村自身が処罰を行った。こうした惣村は地域社会の秩序の担い手であると同時に、境界争いなどで一致団結して行動する政治組織でもあった。(241字)

答案例②
惣村は神社の祭祀組織である宮座を中心に、名主や新たに台頭してきた小農民によって、構成された。惣村の運営は有力名主である乙名・沙汰人などの指導者を中心に寄合を開いて、行われた。惣村は地縁に基づく自治組織であり、有力名主の軍事力を背景に自衛し、農業生産に必要な灌漑施設や入会地を管理して、領主への年貢納入も村単位で行い、寄合で定めた惣掟に基づいて村の秩序を維持し、掟に背いた者は村自身が処罰を行った。また、境界争いなどで一致団結して行動した。(219字)

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