2011年阪大日本史第4問答案例

答案例①
二・二六事件後、陸軍の発言力強化を背景に、ソ連への対抗から日独防共協定が締結された。この後、ドイツが防共協定の軍事同盟化を主張したが、日本国内では意見が対立し、ノモンハン事件の最中に独ソ不可侵条約が締結されたことで、日独関係は悪化した。第2次世界大戦発生当初、日本はドイツとの軍事同盟には消極的で不介入方針をとったが、戦局がドイツ優位に傾くと、日独伊三国同盟を締結し、日中戦争の解決と資源確保を目的とした南進を展開したため、米英との関係が悪化し、太平洋戦争開戦に至った。(235字)

答案例②
 二・二六事件後、陸軍の発言力強化を背景に、ソ連への対抗から日独防共協定が締結された。この後、ドイツが防共協定の軍事同盟化を主張したが、日本国内では意見が対立し、ノモンハン事件の最中に独ソ不可侵条約が締結されたことで、同盟問題は白紙化した。第2次世界大戦発生当初、日本はドイツとの軍事同盟には消極的で不介入方針をとったが、戦局がドイツ優位に傾くと、日独伊三国同盟を締結し、日中戦争の解決と資源確保を目的とした南進を展開したため、米英との関係が悪化し、太平洋戦争開戦に至った。(236字)


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