2022年京大日本史4-1答案例
モンゴル襲来以降、南北朝期にかけて日元間に国交はなく、軍事的緊張が続いたため、御家人の窮乏が深刻化して鎌倉幕府の軍事動員体制が動揺し、滅亡につながった。一方、民間交易は盛んで、商船を利用して禅僧が中国文化を伝え、大量の銅銭が流入して貨幣経済が浸透した。明が成立後、民間交易を禁じ、近隣諸国に朝貢を求めたことで、交易の道が閉ざされ、対応を迫られた足利義満は15世紀初頭、明と国交を開いて日明貿易を行った。(200字)
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