先使用権のあれこれ

まず最初に

私は「先使用権」について、あまり深く考えたことがないので、真剣に考察されている方々の意見をあれこれ言うつもりはないが、Xで中途半端にコメントしてしまったので、私なりの考えをなるべく正確に書いてみることにする。

先使用権についてを考える前にまず、特許法について触れたいと思う。

当たり前かもしれないが、「特許権」とは、自然権ではない。国が、産業の発達のために作った権利である。「発明」という個人の知的財産を、個人に閉じたままにせず、広く使えるように促し、産業を発達させるという国策のための仕組みが、特許法であろう。

つまり、特許法における「発明の保護及び利用」が、産業の発達に寄与することを目的とするならば、特許法は、発明を公開した者を保護することに主眼があり、発明を公開しなかった者を「保護」の対象にすることは、その目的に適ってはいない。その意味では、先使用権によって先使用者を「保護」することは、法一条における「発明の保護及び利用」の直接的な要請ではないように思う。

それでは先使用権とは何のために設けられた権利なのか。
ウェーキングビーム式加熱炉最高裁判決では「先使用権制度の趣旨が、主として特許権者と先使用権者の公平を図る事にある」と述べている。
これを私なりにもう少しかみ砕いていうと、「特許法は、発明をした者に強制的に、発明を特許出願させ、公開させるような制度であってはならない」ということではないだろうか。
特許権による独占は原則20年という有限の期間しか存続しない。一方で、発明をした者は、その発明を誰にも知られずに自分だけが実施し続けることができれば、ずっと実施を独占することができる。いわゆる企業における「出願をするか、ノウハウとするか」という選択が生まれるわけである。

発明をした者が、その発明を特許出願という形で公開するか、ノウハウとして隠すかは、本来的に、発明をした者の自由であり、これを国が「特許法」という法制度によって実質的に強制公開させることは、人権侵害であろう。(そもそも、発明をした者は、特許出願という形を取らずに公開するという選択も自由に取れるはずである。)
先使用権とは、発明を特許出願しなかった者が、「出願しなかった」という理由だけで不平等に扱われることのないように、「出願をしない自由」を保障するための、いわば、特許権という権利に対する「防衛権」の役割を果たすものではないかと、私は考えている。

そして、特許法が、法目的のために主として保護するのは「特許出願をした者」であるならば、「特許出願をした者」との関係で、「出願をしなかった者」の範囲をどの程度までとするかは、立法政策の問題である。
特許出願をすることはできるが、自ら「特許出願をしない」という選択を採った者を、先使用権者として保護するか、特許出願ができると否とにかかわらず、先に発明を完成させていた者を、先使用権者として保護するかは、どこまでを「公平」とするかの問題であり、現状、明確な解答は得られていないのではないかと私は思っている。

特許法が、「発明をした者」を保護する法律ではなく、「発明を出願した者」を保護する法律であり、「先発明主義」ではなく「先願主義」であるならば、「どのような形であれ先に発明した者を保護する」ことは、法目的としても、憲法上も、要求されているわけではないだろう。(∵「どのような形であれ先に発明した者が保護される」ならば、出願しなくてもよいのであり、法目的は達成されなくなってしまう)

くどくどと話してきたが、「先使用権制度」がどのような制度であるべきかというのは、様々な人の意見や、時代の流れを汲みながら、結局のところは国の立法権が決定することであり、私自身は、この点については、特に意見を持ち合わせていない。冒頭でも述べたが「先使用権制度」の理想像を語れるほど、これについて深く考えていないからである。

そのため、私が語れることはせいぜい、立法された法律という側面(司法的な側面)からの解釈である。つまり、「どうあるべきか」という見解ではなく、法解釈としての合理性からの見解を述べているに過ぎないことに留意頂きたい。

このことを念頭に、以下に色々と見解を述べていく。

まず、そーとく日記で記されていた「侵害の成立性と先使用権の成立性は同じであるべき」という点について、既にXでもコメントしたが、特許権侵害と、先使用権とでは、前提となる事情が異なっているため、成立性を同じにしなければならない合理的な理由はないように思える。
特許権侵害では、既に公開されている特許公報が存在し、その後の第三者の行為を判断するのに対し、先使用権では、特許出願が存在しておらず、出願前(=公開前)の第三者の行為を判断するのであるから、保護の対象が「特許権者であるか先使用者であるか」という違いや「行為の時点で特許権者の発明を知り得たか」という点の違いを踏まえれば、必ずしも「侵害」と同じように成立性を考える必要はない。(同じように考えることがダメと言っているわけではない)

なお、ここで間違って欲しくないのは、「侵害の成立性」と「先使用権の成立性」であり、侵害行為としての「発明の実施」と先使用権者の行為としての「発明の実施」の異同を論じているわけではないということである。

法律は「要件」と「効果」で構成される。「侵害の成立性」と「先使用権の成立性」が同じというのは、「特許権侵害が成立する要件」と「先使用権が成立する要件」が同じということに等しく、私はこの点についての見解を述べているに過ぎない。

次に「発明の認識」についてであるが、そもそも、そーとく先生(そーとくが名称でいいのかわからないが、とりあえず「そーとく先生」と呼んでおく。)や田中先生が論じている点と、私が論している点にずれがあるのではないかと思っている。

そーとく先生や田中先生は、先使用権がどのような制度であるべきかという点から、特許権者、侵害者、先使用権者の公平をどのように捉えるべきかという、謂わば先使用権制度のあるべき姿を述べているのだと思うが、私は、特許法79条の「特許出願に係る発明の内容を知らないで自らその発明をし、又は特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした者から知得して」という要件の解釈として、どのように解釈するのが妥当かという見解を述べたに過ぎない。
なぜならば、先使用権に対する私の根本的な理解は「どこまでを保護するかは立法政策でしかない」からである。

また、79条には「特許出願に係る発明の内容を知らないで自らその発明をし、又は特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした者から知得して」という要件だけでなく「特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施である事業をしている者又はその事業の準備をしている者」という要件があるが、この後半の要件における「発明の実施」の解釈を論じているわけでもないこともご理解いただきたい。

私が、「発明の認識」を要すると考える根拠は、前半の要件の解釈にあり、後半の要件における「発明の実施」については、侵害の成否を判断するときと同じように、「認識」は必要ではないと考えている。

ここで、弁理士会第20回公開フォーラム『先使用権 -主要論点 大激論』のパネルディスカッションにおける設例を引用する。(引用元は、田中先生のブログから)
「A成分, B成分, C成分 及び D成分 を含む塗料であって、D成分の含有量が0.01~0.05質量%である、塗料。」 という特許発明があり、D成分は微量で A成分+B成分+C成分を安定化させることが発明の詳細な記載に開示されているとして、その出願前から被疑侵害者が成分A+B+Cを含む塗料を製造していたが、実はD成分が偶然0.02質量%混入しており、被疑侵害者はそのことを知らなかった場合に先使用権は成立するか

このように、D成分の存在を「認識」していなくても、「A成分, B成分, C成分 及び D成分 を含む塗料であって、D成分の含有量が0.01~0.05質量%である、塗料。」という発明を実施することはできる。(そーとく先生は「発明を認識せずに実施することはできるのか?」と仰っているが、認識されずに発明が実施されていることは往々にしてある。発明者は、自らが作った物が何かは認識できるが、そこに盛り込まれている全ての発明を認識しているとは限らず、無意識的に、作り上げた物に発明者の認識しない発明が含まれていることは不自然なことではない)
しかし、D成分の存在を「認識」せずに、「A成分, B成分, C成分 及び D成分 を含む塗料であって、D成分の含有量が0.02質量%である、塗料。」という発明をすることはできるのか。
そして、「A成分, B成分, C成分 及び D成分 を含む塗料であって、D成分の含有量が0.02質量%である、塗料。」という発明を他人に知得させることはできるのか。

「発明を実施する」と「発明をする」は異なる。雑な言い方をすれば、「発明を実施する」ことは、発明の実施の仕方さえわかれば、発明を知らなくてもできるが、「発明をする」には、発明を知らなくてはならない。

「発明し」と「発明をした者から知得し」という言葉が並記されていることからすると、ここで挙げられている両者は、先使用権者として、同等の要保護性を有する者と解するべきと私は考える。「発明をした者」から「成分A+B+Cを含む塗料」を知得した者が、発明をした者と同様にD成分が0.02質量%混入した塗料を発明する保証はないため、知得者が確実にすることのできる発明は「成分A+B+Cを含む塗料」ということになる。そうすると「A成分, B成分, C成分 及び D成分 を含む塗料であって、D成分の含有量が0.02質量%である、塗料。」という発明を知得するには、「発明をした者」が「D成分の含有量が0.02質量%であること」も認識していなければならないことになる。
よって「特許出願に係る発明の内容を知らないで自らその発明をし、又は特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした者から知得して」における「発明をし」とは、発明内容の認識を要するものと解するのが自然ではないかというのが、私の見解である。(より自然(妥当)な方と考えているのであって、「認識を要する」と解する他ないとまでは考えていない)

そして、冒頭で述べたように、特許法が「特許出願をした者」を保護する法律であり、先使用権が「特許出願をした者」との公平を図るのであれば、特許出願をした者は、特許出願をできた者であるため、先使用権における「発明をし」た者も、「特許出願をできた者」と解した方が公平は保たれるように思える。この点は、そーとく日記で「田村善之先生は、先使用権の趣旨の一つを「過剰出願の抑止」に求めており、それを基に、先使用は特許出願できるような発明をした場合に限って認めるべきだと考えられているようだ。」と記された田村先生の考えにも通ずるところがある。(私は「過剰出願の抑止」からくるものとは考えておらず、あくまで「特許出願をした者との公平」からくるものと考えているが)

なお、上記に関係して、非常に興味深い判例がある。令和4年(ネ)第10094号で知財高裁は、「HFO-1234yfという低地球温暖化係数を有する化合物を調製する際に、特定の追加の化合物が少量で存在することを見出し、この「追加の化合物」を記載した請求項に対して、「HFO-1234yfを調製する際に追加の化合物が少量存在することにより、どのような技術的意義があるのか、いかなる作用効果があり、これによりどのような課題が解決されることになるのかといった点が記載されていなければ、本件発明が解決しようとした課題が記載されていることにはならない。」として、サポート要件違反と判断している。

従って、上記の設例において、特許権者は「D成分が偶然0.01~0.05質量%混入していること」を発見しただけでは、特許権は取得できず、「D成分は微量で A成分+B成分+C成分を安定化させる」という技術的意義を見い出すことによって、特許権者が「A成分, B成分, C成分 及び D成分 を含む塗料であって、D成分の含有量が0.01~0.05質量%である、塗料。」 という特許発明を取得することができるのである。
特許を出願した者が「「D成分は微量で A成分+B成分+C成分を安定化させる」という技術的意義を見い出して初めて特許権による保護を受けられるにもかかわらず、技術的意義どころか、その構成の認識すらもしていない先使用者が保護されるというのも、特許権者との公平が図られているとはいえず、特許法の「産業の発達に寄与する発明を保護する」という目的からも反れているように感じる。

なお、そーとく先生は、設問の発明を「「A成分, B成分, C成分 及び D成分 を含む塗料であって、D成分の含有量が安定・継続的に0.01~0.05質量%でありさえすれば、それを認識していようがいまいが、管理していようがいまいが、そんなことは関係がない、塗料。」という発明」と捉えているようであるが、私は、発明の成立過程と、成立した発明の実施過程とで、わけて捉えるべきだと思っている。
特許法上の保護を受けるため(特許権の設定登録のため)の成立過程においては、「認識していない」発明は明細書に記載することが不可能であるから、特許法が保護する「発明」として成立していない。「認識していようがいまいが、管理していようがいまいが、そんなことは関係がない」のは、発明の実施過程における話である。そして、79条の「発明をし」とは、発明の成立過程の話であるから、成立過程においてなされる発明を、実施過程における発明と同視するというのも、やや強引なように思える。

最後におまけで付言しておくが、私は、先使用権者のした発明が、特許発明と「技術的思想」を同じくすることは不要であると考えている。条文が求めているのは「発明をする」ことであり、発明が創出される因果経路の同一までを求めていない。
ピタバスタチン判決の「サンプル薬に具現された技術的思想が本件発明2と同じ内容の発明でなければならない。」との記載は、なんだかよくわからない言葉の並びではあるが、「技術的思想が、特許発明と同じ発明でなければならない」と読めば、その技術的思想によって創作される発明が、特許発明と同じ発明であることを要求したに過ぎず、特許発明と先使用発明における技術的思想の同一までを要求しているわけではない、と読むこともできるだろう。(技術的思想の同一を求めるなら、もっと簡単でわかりやすい言い回しができたはずである)

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