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Aro/Ace自認から10年越しにカミングアウトした話:後編-カミングアウト

前編に続き、庵と申します。

「雑誌アセクシャルアンソロ」企画に乗らせていただき、記事を書いてみます。長い記事なので、「前編-自認について」と「後編-カミングアウト」の2つに分けました。

これは「後編-カミングアウト」の記事です。前編は↓です。

前編を読まなくても、この記事だけで読めます。↓あたりのテーマに掠っていますが(テーマ一覧から引用させていただきました)、主に親しい人へのカミングアウトについての話です。

  • 「アセクシャル」をうまく説明する方法(他の人に説明しなくてはいけないとき)

  • アセクシャルをわかりやすく他人に伝える方法

  • アセクシャルの人のこれからの人生計画

はじめに:自己紹介

この記事だけ読む方へ向けて、もう一度自己紹介します。

女性として生まれ、記事の執筆時点ではアラサー。性的指向は、アロマンティック/アセクシャル(Aro/Ace)です。子どもの頃から、男女どちらに対しても恋愛感情も性的惹かれもほぼ感じません。昔からオタクですが、二次元にも「ときめき」を覚えたことはありません。

「自分はAro/Aceかもしれない」と自認してから10年ほど誰にも打ち明けずにいましたが、2023年に家族と友人にカミングアウトしました。その際の話をまとめてみます。長すぎる記事ですが、誰かの参考になれば幸いです。

筆者と登場人物の個人特定を避けるため、体験談にはフェイクやぼかしを入れています。大雑把に読んでもらえたらと思います。

そもそもカミングアウトって必要?

最初に書き添えますが、この記事はカミングアウトを推奨するものではありません。あくまで一個人の体験談です。カミングアウトしたのは最近なので、現在進行形で続いていることについての、不確かな記事でもあります。

その上で、カミングアウトを考えている人や、カミングアウトの必要に迫られている人がいたら、参考になればと思っています。私自身が、自認のときもカミングアウトのときも、先輩方の体験談に助けられたからです。

それでは、本題に入ります。

「もう話すしかないのかも」

学生時代にAro/Aceを自認し、「都会で一人で生きて行こう」と独断で上京を決めて地元を離れたものの、コロナ禍で考えを改めて3年前からパートナー探しを始めた私。
この間10年ほど、家族にも友人にも、セクシャリティについて相談したことはありませんでした。

そして2023年、親族からついに「いつまでも親類縁者が生きていると思うなよ」と言われてしまい、「なんか一人で飛び出して孤独死まっしぐらの心配な奴」と思われているのが判明。私が事情を説明しないせいで、家族とのすれ違いが深まっているのを感じつつありました。

それでもまだ黙っていました。

誰にも事情を話さないまま、LGBTQのオフ会などにも参加させていただき、LGBTQの知人が増えていました。4月には人生初の東京レインボープライドにも行ってみようと計画を立てていました。

そのちょうど4月。

詳細は省きますが、地元の家族関係に大きな変化がありました。私を巻き込んで一気に状況が変わり、さまざまなことが頭をよぎりました。

そう遠くないうちに、親族が集まる地元に呼ばれるであろうこと。
私が上京して何をしているのか、何を考えているのか、問われたら説明を避けられないこと。
既にすれ違いが生じている以上、もう曖昧な説明では切り抜けられないこと。

黙っていればいるほど、家族との関係がこじれ、私が不利になる状況。10年目にして黙秘作戦が行き詰ってしまいました。
「いつかはしなくちゃいけないかも」と頭をよぎったこともあるカミングアウト。もしかして今がそのときなのでは。

「悪いことじゃないのだから、もっとオープンにしてみては?」

急な出来事にどうしたらいいかわからなくなり、大急ぎでとあるカウンセラーさんに相談に乗ってもらいました。出だしからボロッボロに泣いて喋る私。メンタルが限界過ぎ。
終始涙声にもかかわらずしっかり話を聞いていただき、アドバイスをもらえました。大切なアドバイスがいくつもあったのですが、要点をまとめるとこうです。

「悪いことじゃないのだから、もっとオープンにしてみては?」

そう。Aro/Ace、悪いことじゃないのである。

私は異性関係で苦い思い出があるので、どうしても自分のセクシャリティに後ろめたさを感じていたのですが、本来どんなセクシャリティでも悪いことではないはずです。だから堂々と生きて、自分が幸せになる権利を守っていい。

そしてそのことを家族に理解して欲しいなら、伝える努力が必要。
私はこれまで、隠すことと一人で生きていくことは散々考えてきましたが、伝える努力はしてきませんでした。「話せない」「話してはいけない」という考え自体に私の後ろめたさから来る思い込みがあり、話さないとむしろこじれる状況なら、話して伝える努力をしてもいいはずでした。

涙が止まるまでひとしきり泣き、一晩寝かせて考え、結論を出しました。

もう全部話そう。潮時だ。

…余談ですが、私はこういうときわざと大泣きします。泣き終わると気持ちが落ち着いて冷静になれるからです。涙にはストレス解消効果があるって誰かが言ってた。
泣き終わって冷静になってもまだ「もう話そう」という気持ちが残っていたので、思い切って話すことに決めました。

「カミングアウト」について学ぶ

家族にきちんと説明──カミングアウトをしようと決めて、直近のGWに話すことを目標にしました。4月に決めて我ながらスピード勝負過ぎるのですが、対面できちんと話せるタイミングがそこしかなかったんですよね。

時期を決めたら、次は方法です。何を、どのように話せばいいのか。これまでカミングアウトをしようと考えたことがなかった私は、カミングアウトについてまったく知識がない状態でした。とりあえず付け焼刃でも勉強してみることにしました。
まずはネットで体験記事や書籍を検索。そうすると、出て来るのはたいてい同性愛者やトランスジェンダーの方の話です。Aro/Aceとは状況が全然違う話ばかりなのですが、勉強になる点もありました。

以下、私が参考にさせていただいた記事・書籍を勝手に紹介します。

アセクシャル自認の方の記事。アセクシャルの体験談は貴重なのでありがたかった…。

「カミングアウト」といえばまずこれという有名な書籍。載っているのはゲイ・レズビアンの方のお話だけですが、「カミングアウト」という言葉そのものの意味について勉強になる良著でした。

有名なトランスジェンダーの方の4コマブログ。性転換以外の話題も扱われています。「カミングアウト」というカテゴリがあり、する側・される側それぞれの話を読めます。

ゲイの方のnote記事。この記事から上の「カミングアウト」の書籍を知りました。また、親へのカミングアウトの記事だったので、家族に話したい私にとってとても参考になりました。

カミングアウト「された」人のための記事。された側が何を感じるのか知ることで、する側として参考にできるところもあると思います。


カミングアウトについて調べて、印象に残ったフレーズが2つあります。

「最悪を想定して最善を目指せ」
「カミングアウトは終わりではなく始まり」

話すことによって自分は何をしたいのか、相手に何をしてほしいのか、事前に明確にしてはっきり伝えることが大切なのだと思いました。
カミングアウトが深刻な打ち明け話になる環境自体よくないと言えばそうなのですが、置かれた環境はどうしようもないですからね…。

カミングアウトするための心構え

私なりに調べた結果、対面でカミングアウトするなら必要だと思ったことをまとめてみます。7つあります。
ここまでしなくてもいいのかもしれませんが、私は心配性なのでやりました。

1.話す相手を吟味すること。

日頃から差別や偏見がむき出しの人は、話しても火に油を注ぐだけになるかもしれない。そもそも伝える必要がない相手もいる。誰に話し、誰に話さないかを決めておき、話したい人に偏見や差別があるなら、薄まるよう事前に時間を掛けて仕向けておく。

2.資料を用意すること。

自分の話に説得力を持たせるために、LGBTQ関連の書籍や動画、自分の活動の痕跡など、形として見せられるものがあると便利。

3.自分自身が勉強しておくこと。

質問が飛んで来たら答えられるようにするため、LGBTQやSOGIについて人に話せる程度の知識があるか確認、整理しておく。

4.話す内容をまとめておくこと。

いざ話す場面になると冷静さを失ったり、言葉が出なくなったりすることもあるはず。ぶっつけ本番よりはカンペを作って読むか、手紙を書いて渡せるようにする。

5.相手に何をして欲しいのか伝えること。

カミングアウトは伝えて終わりではない。伝えられた相手は戸惑ったり不安になったりする。伝えることによって相手に何をしてほしいのか、投げっぱなしにせず自分から要望を出す。

6.最悪の場合を想定すること。

相手がLGBTQを理解できなかったり、カミングアウトを受け入れられなかったりすると、険悪になることもある。「偏見はない」と言いながら、身内に当事者がいることは受け入れられない人もいる。「最悪のパターンは何か、そうなったら自分はどうするか」を想定しておく。できればその場合の協力者を作っておけるとベター。

7.長期戦を覚悟すること。

理解・受容してもらえる場合でも、時間が掛かることがある。数か月~数年後に揉める例もあるので、伝えたその日で終わりと思わないこと。

カミングアウトまでに準備したこと

カミングアウトを決めてから、GWまで2週間程度。その間に、上の心構えに沿ってできるだけ準備しました。

1.話す相手を吟味する

私の場合は話さざるを得ない状況からスタートしたので、話さない選択肢はなかったのですが、話す必要がまったくない人・理解してもらえる見込みがゼロの人はさすがに対象から外しました。対象外の人がいないタイミングで会話できるように日程を決めました。

2.資料を用意する

カミングアウトを決めたのがちょうどTRPの直前だったので、TRPを資料に使うことにしました。パンフレットを入手する、グッズを買う、わかりやすい写真を撮るなど、説明に使えそうなものを会場で揃えました。
なお、写真を使うなら映っている人のアウティングにならないよう配慮が必要です。私はオープンな芸能人の方がパレードしているタイミングを狙って写真を撮りました。

3.自分自身が勉強しておく

私の場合、黙っていた10年間である程度調べていたので、とりあえず説明できそうでした。
ただ、SOGIなどの専門用語は相手に伝わらなそうだったので、やさしい言い回しを考えました。説明のときは、当事者の自分と部外者の相手では、知識量に差があることを意識するといい気がします。

4.話す内容をまとめておく・5.相手に何をして欲しいのか伝える

スマホにテキストを打ち込んで、カンペを作りました。結構直前まで何度も書き直していました。話したい内容を時間を掛けて推敲できるので、作って良かったと思います。

6.最悪の場合を想定する・7.長期戦を覚悟する

私にとっての最悪の事態は、親族と険悪になって長期的に地元に帰れなくなるパターンでした。その場合の協力者を作るため、比較的理解してもらえそうな地元の友人に先に伝えてみることにし、誰から話すかの順番を決めていきました。


やれるだけの準備をしたら、あとはもう話す日を待つしかないです。TRPに行って資料を揃えたその夜、家族に相談を打診しました。次のGW、私が帰省したときに、大事な話をさせて欲しいと。

同時に、地元の友人にも、メッセージで相談があると伝え、味方になって欲しいという事情を説明しました。こちらは重い空気にしたくなかったので、頑張ってできるだけさらりと伝えました。思った以上に特に態度を変えずにいてもらえて、おかげで救われました。

いざ家族と対面で話す

事前に「話がある」と伝えていたので、帰省したその日に家族から早速「話って何なのよ」と聞かれました。「ちゃんと話したいから当日ね」とお茶を濁し、ついに予定の日。

いざ対面で話すとなったそのとき。私から話し始める前に、こう伝えて約束してもらいました。

「まずは、私の話を最後まで聞いてほしい。途中で止めないで欲しい。言いたいことはいろいろあると思うけど、最後まで聞いてから、あなたの意見を言って欲しい」

説明を遮られないようにして、できる限り私主導で話せる空気にしたかったからです。そして、まずTRPの写真やパンフレットを見せました。レインボーフラッグの意味を知っているか確認してから、最初に打ち明けました。

「私は男女問わず恋愛感情や性的な欲求を持つことがない人間。そういう人は、性的マイノリティの一つで、無性愛と言われてる」

それから順番に話していきました。

  • 私は私なりにたくさんの出会いをしたが、男女問わず誰とも恋はできなかったこと。

  • 私なりに努力して出した結論として、自分は無性愛だと思うこと。

  • そんな私には恋愛結婚や一般的な婚活が難しいこと(相手を不幸にしない意味でも)。

  • 東京にあるLGBTQのコミュニティやイベントに、すでに当事者として参加していること。

  • いろいろな選択肢を検討しながら、私なりに将来を考えていること。

  • こうして話したことで、私の何かが変わるわけではなく、今まで言ってなかったことを言っただけで、私は私のままだということ。

伝えたいことの主題は、心配しないで欲しいこと、私の人生は私が決めるということでした。私と家族の関係では、Aro/Aceを理解してもらうことよりも、そちらを主張する方が大切だったからです。

話しながら涙声になってしまい、相手にも泣かれつつ、私の説明が終わってから話し合いをしました。いろいろ話しましたが、最終的には、大きく揉めることもなく納得してもらえました。
その後、誰に伝え、誰に伝えないかを家族とも相談しました。GWの期間中に、会って話せる人には話しました。会えなかった人もいるので、そちらは今後伝えていきます。
まだすべて終わったわけではありませんが、とりあえずひと段落です。

話してよかったのか、どうか?

話す前までは、話すと自分で決めたとはいえ不安だらけでした。やっぱり話さなくても…と何度も思い浮かび、だからこそ早めに家族に打診して退路を断ちました。散々悩んで眠れなくなり、体調も崩しました。この記事の行間に詰め込みきれない感情がたくさんあります。

今は話してよかったと思っていますが、これは結果論です。今後どうなっていくかわからないという意味では、結果論ですらないかもしれません。
「話さなきゃ良かった」と考える日もきっとあるのだろうけど、話さない人生にはもう戻れません。この世界はリセットが効くゲームでも、並行世界線がある映画でもない。結局、自分の選択を自分で正解にしていくしかないんだと思います。

ただ一つ心から「良かった」と言えるのは、今後私は家族の前で、自分の考えを隠すことも、歪めることもしなくてよいということです。
10年黙っていた間、自分のセクシャリティを明かせないために、ふわふわしたことしか言えない場面も多々ありました。今後は、良くも悪くも「私はAro/Aceなので」という前提で話をしていくことになります。一皮むけたとも言えるし、化けの皮が剥がれたとも言えます。

加えて私の場合、過去に「何も説明しないで飛び出す」というなかなか極端な選択をしたことで、時間が経つほど家族との間に溝ができてしまっていました。
きちんと話すことなしに越えられない溝があるときには、「話すこと」は「溝を越えようとすること」、「話さないこと」は「より溝を深めていくこと」です。話してよかったかどうか考えるとき、「溝を越えようとしてよかったかどうか」と言い替えるなら、それはきっと良かったと言えます。

話すべきか、話さないべきか。
記事冒頭でも書いた通り、それは個々人が決めることで、良し悪しはありません。判断基準があるとすれば、「話した自分」と「話さなかった自分」、それぞれの世界線の、どちらを自分が生きていきたいかだと思います。

おわりに

ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました!前編から読まれた方は、よくぞこんな二本立て長文にお付き合いくださいました。この記事が少しでも何かの役に立てば幸いです。

最後の最後のおまけとして、カミングアウトについて私が書けそうなことを並べてみます。

  • 話す相手の知識量と理解度

  • 「あなたが孤独であること」を受容できるかどうか

  • Aro/Aceに返って来る質問

  • 「身内にLGBTQがいる」ということ


おまけ①:話す相手の知識量と理解度

家族に話してみて私が驚いたのは、家族にもすでに「無性愛」を知っている人がいたことでした。もっと説明が必要かと思っていましたが、会話がスムーズでとても助かりました。

テレビで無性愛が紹介されているのを見たのだそうです。ほかにもゲイやバイセクシャルを公表している芸能人を知っており、LGBTQ全体に対して偏見が薄れていたようでした。メディアと芸能人の力ってすごいな…!
普段一緒に暮らしていないと、相手の知識量や理解度を見誤ることがあるのだなと思いました。相手が見ているメディアによっては、すでに知識を仕入れる機会があるかもしれません。それを利用するのは良い手だと思います。

一方で、「○○ロマンティック」「○○セクシャル」などのカタカナ語は、特に相手が高齢だと読めない・聞き取れないことがあるようです。私の家族は渡した資料を読むときに躓き、「何語?」と聞いてきました。
高齢の相手だと、「無性愛」のような短い日本語の方が、説明が多少不正確になるとしても伝わりやすいかもしれません。


おまけ②:「あなたが孤独であること」を受容できるかどうか

生々しい話題ですが、一人で人生を送る孤独、ひいては孤独死について、Aro/Aceがどう過ごすか話題になることがあると思います。家族と話していて、こうした孤独について考えるときは、視点が2つ必要なのではと感じました。

1.自分自身が、孤独(孤独死)をどう捉えているか。
2.自分の周囲の人が、「あなたが孤独であること(孤独死すること)」をどう捉えているか。

前者は私の価値観なので、私の行動や考え方で決着を付けられます。一方、後者は家族の価値観なので、私には踏み込めません。

私からは「心配しないで」と伝えましたが、家族には「心配しないのは無理だ」と泣かれてしまいました。家族の価値観では、「家庭を持たないこと=社会に帰る場所がないこと」が、大きな不安なようでした。家族がそう考える理由も、簡単には変えられない価値観なのもわかります。

私が今後も家族と関係を続けていく上で、この不安を放置しておくことはできなさそうです。どう対処するかは、これからの私が考えることです。やはりカミングアウトは長期戦。


おまけ③:Aro/Aceに返って来る質問

Aro/Aceをカミングアウトすると、相手からはいろいろ質問が返ってきます。私が聞かれたことと、どう答えたかを挙げてみます。

「Aro/Aceってなんでわかったの?」
同性愛や両性愛と違って、「ない」ことが特徴のAro/Aceはいわば悪魔の証明。疑問に思われるのは当然といえば当然ですね。私の場合は、これまでの経験で男女どちらとも上手くいかなかったことを素直に話しました。30年ほど生きてきて実際になかったので「ない」とした、と。

「子どもや家庭はどうするの?」
「養子でも何でも育てる気はないの?」と聞かれました。私は正直上手く切り返せませんでした…。この質問の答えは人によると思うので、自分の家庭・子育てへのスタンスや将来設計を振り返っておくとよいのかもしれません。

「いつからそうなの?」
伏せていた期間が長い人がカミングアウトすると答えに困りそうな質問です。私はもう素直に、ずっと昔から自認していたこと、上京したのもそれが理由だったことを白状しました。驚かれました。そりゃそうだ…。

「自認したときのエピソードを聞かせて」
これは上記の「なんでわかったの?」の派生で、私が「男女どちらとも上手くいかなかった」と説明したことで、実際の経験について突っ込まれました。
家族からしてみれば、浮いた話を一つも持ち込まないと思っていた子が実は…となれば興味が湧いたんでしょうね。「苦い思い出なのであまり話せない」とぼかしておきました。説明の仕方によっては、こういう思わぬ突っ込みも来ます。


おまけ④:「身内にLGBTQがいる」ということ

私がカミングアウトしたことで、私の家族は「身内にLGBTQがいる人」になりました。

家族は、「そういう人がいるのは知っていたけど、身内にいるとは思わなかった」と話していました。「身内にいる」ということは、本人から言わない限りわからないものだよなあと思います。
私も正直、人からカミングアウトされたことはあまりなく、親族や友人の当事者を見落としてきたはずです。

そうして家族と話し合いをする中で、私以外にもLGBTQに該当する人がいることがわかりました。本人も驚いていました。「身内にいる」ことだけでなく、「自分自身がそうである」ことも、きっかけがないとわからないのかもしれません。

この先、親族の中でも特に自分より下の世代や子ども層には、できるだけオープンにしていってもよいのかもしれないと感じました。
思えば、私が10年黙っていたのも、周囲に「先輩」がいなかったからです。だったら、私がオープンな「先輩」になることで、当事者に生まれた子の自認のきっかけになったり、ストレートの子をアライに育てたりすることができるのかもしれません。そうできたらいいなあ。

昔の私が欲しかった「先輩」の立ち位置に私自身がなれるように、ちょっと頑張ってみようかと思っています。家族も巻き込んだ自分の選択を、できるだけ前向きなものにしていきたいですし。


前編・後編ととても長い記事でしたが、これで本当におしまいです。ここまで読まれた方、お疲れさまでした!


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