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ミク

「ふぅ」と昨日から全く進んでいない課題を前に一息ついてみた。最近になってますます脳の働きが落ちてきた気がする。過労の予兆を感じながらも、エナジードリンクを体内に入れ込む。 今日も徹夜かなぁ… 今日も今日とて睡眠欲と闘いながら作業を進めていった。

 すっかり太陽が顔を見せた頃、一応課題は終えれたが、いまいちな出来栄えで提出することになり、A型気質の自分としては、静かに唇をかんでいた。 それが毎回続いているのだから、傷つくものもある。人一倍努力はしているはずなのだが、結果が付いてきてくれない。本日も睡眠不足で学校へと向かうのだった。

 かなり偏差値の低い高校へ通う私は、将来の夢が多数あって高校三年生になった今でも進路を決めていなかった。なんとなく、とりあえず大学に進学してから考えてみてもいいのかな、そんな程度しか考えてはいなかった。業後に生徒指導部に呼び出されて「清水さん、もうそろそろ進路決めないとほかの人より遅れちゃうよ?」と催促されたが、「努力します…」と答えるだけ。やりたいことが多すぎて決められないんだよなぁ、と内心で愚痴をこぼしてその場をやり過ごして終わらせてしまう。帰宅後もSNSで将来何しようと呟き、自分の総いいね数を見て落胆する日常。 そして夜の六時ごろに趣味である執筆作業を始め、出来上がったらコアな自分のファンに向けてSNSに投稿する。そんな自分は何してもうまくいかないと思っていた。

 ある日、悪夢を見た。インフルエンザの時に見る時よりも悪質で、殺意に満ちていて、かなり薄気味悪かった。実際、目を覚ましても、体は思うように動かない現象に陥っていた。 オカルトは信じないほうだったが、このいわゆる金縛りのせいで多少は信じ込んでしまった。ある種の楽観的な考え方に自分自身に呆れていたが、数分したら何事もなく動けたので、日々のストレスが原因だろうと推測した後、執筆作業に勤しむことにした。 今日はどうも気怠く、学校に行く気がしなかった。幸い成績は恐ろしくいいので、一日二日、なんなら一週間休んでも問題なく卒業できるほど貯金はあったので、躊躇せず休むことを選んだ。 体が気怠くても、不思議と執筆作業はできた。だが、いつも以上に筆が進まなかったり、いい表現が出てこなかったりと、ストレスがたまる一方。いつもなら数時間に完成するような短編小説も、今日は完結できなかった。今日の朝、あんなに濃い夢を見たのに、不思議と覚えていない。「覚えてたら大作になってたかもしれないのにな…」部屋のすみで滅入っていると、一通のメッセージが来た。母から「コンビニにいってお茶とカット野菜買ってきて」という、悪魔の試練。 基本、学校を欠席するには、保護者から連絡しなければいけないという暗黙のルールがあり、今日の朝は母に連絡してもらった。なかなか休まないので、最初は驚かれたが、「いつも頑張ってるからね」と温かい言葉とともに学校に一報入れてくれた。その恩もあるので断れない案件ではあった。それにお茶は買わないと晩御飯の時に飲むものがなくなってしまうので、結局は買いにいった。 外に出るとぽつぽつと雨が降っていた。かなり憂鬱案件である。しぶしぶ傘を開きコンビニへ向かった。 コンビニまではすぐ其処とまではいかないが、割と近いので歩きで移動していると、通り道で動物の鳴き声がした。「ぴー、ぴー!」かなりか細い声だったが、最後の力を振り絞った感じがしていた。その動物は小さくて、象みたいに鼻が長く、まん丸として体、いわゆるバクと言われる動物がそこにはいた。悲しそうな目でこちらを見ている。疲れ切ったのか、その場で横たわっている。「でも、なんでこんなところにバクが?」そう疑問に思った私は正常な人間だろう。 おもむろにほっぺをつねってみたが、痛かった。夢じゃない。幸いうちはペット禁止ではないし、母もペット飼いたいとほざいていたので、ちょうどいいと思い、そのまま家にむかっていった。コンビニのおつかいをすっかり忘れていた。

 家に着くと、バクは、昨日母親が買ってきたバナナ目掛けと一直線。すぐにぺろりとたいらげた。私はここで初めて気が付いた。「そっか、お腹すいてたんだね」優しく声をかけて、なでてやると、「ぴー!」と鳴いてすり寄ってきた。 体を洗ってあげないとな… 私はバクを抱え、シャワー室へ。調べるとバクは泳ぎが得意らしい、そのためか、シャワーは怖がらなかった。それにしてもよく、この地域まで誰にも捕まらずに生きていたものだ。今ではSNSに「住宅街にバクいて草」とか投稿するものだけど、そんな痕跡もない。やれ、心臓バクバクとか喫茶店の名前しかヒットしない。肝心の動物のほうのバクに関する投稿はちょっと遡っても、全くなかった。その為、目撃されえない、もしくは目撃されたけど、飼えないSNS上げないの知らんぷりの人だったかのどっちかってことになる。私が拾う、そういう運命だったんだろう。 難しいことを考えていても、ふと、バクのほうに目をやると「ぴー!」と元気に鳴くだけ、饒舌に話してくれたら楽だけど動物にそれ求めるってどうかしてるよな、そう考えていると、さっとバクの体をふいた後、シャワー室から出た。バクはすっかり私になついていた。

 少しして母が帰ってきた。バクを見せると案の定玄関でひっくり返った。ここで母を見て初めてお茶とカット野菜を買ってくることを思い出した。慌てている私を横目に母はお茶とカット野菜を袋から出した。「そういえばあんた、休んでたからね念の為買って来たよ」ママ、ありがとう…!

買ってきたものを冷蔵庫へ入れた後、母はバクの方へ一直線、「可愛い子だねぇ!」バクを撫で回した。バクはそのままコロンちょしてお腹を見せた。警戒心がないのだろう。にしてもかわいい…!

 すると母から「この子の名前は?」と当然の疑問。私はネーミングセンスが皆無なので、母に決めて貰うことにした。ちなみに、私のセンスがどれくらい皆無なのかと言うと、犬に「いぬ」って名前をつけて、猫に「ねこ」って名前をつける、そういうレベルだ。だから今回も「ばく」ってつけようと思ったのだが、まあ当然母から却下を受けた。結構いいと思ったんだけど…

母の長考の末、「たろう」と名前が出てきた。ママ、それは人に付ける時の名前じゃない?なんとなくドーターストップをかけた後、母娘して夜の9時に一生懸命名前を考えていった。ただ、いい名前は浮かぶはずもなく、晩御飯を食べ始めた。バクには冷蔵庫に入ってたリンゴを渡しました。

 仕方なく単身赴任中の父にアドバイスを求めたところ、まずは、ばくを飼うことに驚いていたが、たいした長考もせずに「みく」って名前がいいのではないかと提案、結論付けた。今からこの子の名前は「みく」になった! ということで、みくに名前を呼び続けていくと、近寄ってきたり、「ぴー!」と鳴いたり、返事をしてくれるようになり、母娘と遠くにいる父はほっこりとしていた。 

 あっという間に就寝の時間になっていて、名前の次にどこに寝かせるかの議論になった。この問題は案外簡単に答えが出て、私の部屋という事になった。理由としては私が拾ってきたから、あとは一緒に寝たい。リビングでもいいんじゃないかと母から提案を受けたが、やっぱり一緒に寝たい。それにリビングにある果物を勝手に食べそうな気がしたので、私の部屋に避難させることにしたのだ。 さすがにベットの上では寝させられないので、床にタオルを敷いてそこに寝かせた。バクは悪夢を食べるという都市伝説があるらしいから、今日はいい夢が見れそう。

 気が付いたら、薄暗くて何もない部屋の中にいた。窓もなく、真四角の中、扉が一枚あるだけ。恐る恐るその扉を開けると、たちまち、部屋の中は光に満ち溢れ、自分もその光に包み込まれていた。部屋から出た空間には、虹色に光った空間があった。壁や床はなく、宙に浮いた状態になった。する遠くから空を飛んだ何かが近づいてきた。私もそれに向かって近づいてみると、飛行物の正体は「みく」だった。みくは私の周りをぐるぐると回っていて楽しそうだった。私もつられて笑顔になっていき、みくと一緒に空へ飛んでいき、気が付いたら見慣れた街並みの上空へいた。こんなに笑ったのはいつぶりだろうか。家の前でふわりと降りたのち、みくは私を置いて、どっかへ行ってしまった。とても天高く、手を伸ばしても、空を飛んでも届かなそうな場所へ。 またまた気が付くと、朝。私の眼には涙があふれていた。急いでみくのほうを見ると居心地よさそうに寝ている。ほったしたのか、二度寝してしまった。今日は学校は休みなので、いくらでも寝放題。

 あれから数週間、私の書いた小説が奇跡的にヒットしてしまった。どうやら独特な表現や珍しい着眼点がウケたのだという。SNSでのいいね数はあっという間に2万いいねを超えていた。以前までは4いいねが最高だったのに。数日後に有名出版社から出版の依頼が来て、初出版。こんなあっさりとやってもいいのかと多少の不安も抱えてはいたが、書籍もそこそこ売れ、次回作を待ちわびる声が多数上がっていた。高校生にして小説家デビューを果たしてしまったのだ。 学校内で同じ小説を執筆している友達から、賞賛と嫉妬の声が上がっていて、ちょっと誇らしかった。褒められると調子に乗ってしまうタイプなのだ。 さらに、クラス内、先生たち、他クラスにも知れ渡り、あだ名が「先生」になった。あまり人と話すほうではないため、「お!先生、ちーっす!」なんて声をかけられたら、恥ずかしい上に、なんて返せばいいのかわからない。先生たちにも広まっているため、古文担当の先生は前よりも私のことを気に入ってくれて、休み時間やすれ違ったときに次回作の情報を聞いてくる。「はは…まあ、恋愛ものですかね」私はかなり濁して答えた。 私はたった一日で人生が180度と言ってもいいほど変わったのだ。 帰ったら、母に報告して、嬉しすぎて、みくにも伝えていた。前々からペットに自分がたりする人の気持ちが全く分からなかったが、今回で少し理解ができたかもしれない。みくは「ぴー!」と嬉しそうに鳴いた。この子は人の言葉がわかるのかと思いながらも、なでなでしてあげた。 実はそれだけでなく、母も宝くじが当たったらしいのだ。金額は20万とそこそこ大金で、このお金でみくのご飯や、寝床など一式揃えてやった。私も母も薄々気が付いていたが、みくがこの家に来てから何かといいことが起こるようになったのだ。母はみくに向かって「みく様、ははー」と崇拝をしていたのはいい思い出になりそうだ。 ちなみに父は変わりなくお仕事を頑張っているそうな。 いい報告はまだない。

 私の二作目の小説も安定して多くの人に見てもらい、みくも次第におおきくなったころ、みくがうちに来てから約1か月が経とうとしていた。みくが深刻的な風邪を引いた。すぐさま動物病院に連れて行ったが、簡単な治療をして終わった。みくもみるみる元気になっていったが、ちょっとだけ胸騒ぎがしていた。前に見たことのある夢が脳裏によぎったのだ。「天に昇る」これは小説やアニメ等の創作物なんかによく使われる表現で、すなわち「死」を表している。どんな生物でもいずれは死んでしまう。それは私だって例外ではないし、みくだってそうなってしまう。ただ、寿命は生物によって違うので、私たち人間は飼う時期によってペットの死を受け入れなければならない。そうなったら、どんなにつらいだろうか。心配のまなざしを向けるみくに「大丈夫、大丈夫」と声をかけていった。それはまるで自分にも言い聞かせるように。 数週間後になっても、みくは元気に過ごしていた。今日もおいしそうにバナナを食べている。恐ろしく平和なひととき、私はその天使で目を癒し、3作品目の小説を着々と仕上げていった。今回は一匹の動物と一人の少女のおはなしを書いている。そう、今の私とみくの関係性である。実在している人物などを登場させるとキャラクターの設定が簡単になると理由もあるが、なんとなく、私とみくの実在した物語を、思い出を、小説という形で残そうとしたのが本当の理由だった。私もみくも、明日にはいないかもしれない。そう考えると作らずにはいられなかった。今回に限り、ものすごいスピードで筆が進んでいる。文字の量も以前とは比べ物にならないくらい多く、表現も自分で納得いくものだった。「今回のは間違いなく人生で一番いい出来になりそう!」そんな希望を胸に筆を進めていった。

 次の日、学校帰りにそのまま完成させ、SNSにアップロードした。すると、数秒のうちに3千いいねを超えて、2時間後には5万いいねを越していた。私はすべてを解放した気持ちだった。清々しく、今だったらどんなことでも許せてしまう。そんな気持ち。うれしくなって、みくを撫でまわした。「お前はどうしてそんなにかわいいんだ!」テンションの高い猫なで声でみくを褒めちぎる。以前の私なら考えただけで寒気がする行動ではあったが、今は自分が自分ではないみたいにみくの前に居座った。その日も夜遅いので、ふわっと就寝した。その日の夢ではこの前見た夢と酷似していた。みくと空を飛んで、いっぱい遊んだ。ただ、一つ違うことは家の前では無く。見知らぬ神社の前に降り立った。みくは私を置いて神社の奥底に行ってしまった。消えてしまったと思っていたら、すぐに戻ってきた。口元にはエメラルド色に光ったペンダントを加えていた。このペンダントを私の手のひらに乗せてくれた。どうやら、くれるみたいだったので、私は笑顔で首にかけてやった。ありがとうの意味も込めて、いっぱい撫でてあげた。やっぱり、この子は撫でられるのがとても大好きみたいだ。とても気持ちよさそうな顔をして、「ぴー!」と嬉しそうに鳴く。 しばらくすると、みくは私から一定の距離をとって、四足歩行で一礼しだした。最後に「ぴー!」と鳴くと神社の中に消えていった。追いかけようとしたが、体が思うように動かない。金縛りみたいにその場から一歩も動けないのだ。前回よりも度合いは増していて、指一本も、眼球であっても動かせないほど、声も出ず、そのまま暗転。 気が付くと見慣れた天井。 すぐさま体を起こし、みくのほうに目をやった。すると、いつもそこにあるはずのみくの寝床と、みく自身が見当たらなかった。急いでリビングに行き、母親にみくの居場所と寝床のありかを聞く。「みく?新しいお友達?そのペンダントもその子からもらったの?」首元を見ると、夢の中でみくから貰ったエメラルド色のペンダントが首から下がっていた。「ペンダントしながら寝るの危ないからね。」なんて言う注意は私の心に響いていない。そんなことより、みくはどこに行ったのか。パジャマのまま外に出て、みくと初めて会った場所まで走っていった。そこには何もない。今日は学校だという事を忘れて空が暗くなるまで探し回った。結局見つからなかったので、目には大量の涙と嗚咽の混じった勘定で家に帰っていった。夜遅くでパジャマの少女が泣き喚きながら歩いているという事で近隣に住むおばちゃんが寄り添ってくれた。無事、家に帰ることができたが、母に怒鳴られたのは言うまでもない。母の説教の後、自分の部屋に戻り、なんとなく自分の小説の推敲をしていた時、一つの小説が目に入った。タイトルは「ミク」いいね数は9万を超えていた。私の投稿で一番いいね数が多い小説。確かみくとの思い出で書いた小説。その小説だけは私の記憶と同じく存在していた。いつもと変わっているのは私が小説家として有名になったことと、このペンダントが存在すること。それ以外はみくが来る前の日常と同じ。もしかしたら、私は長い長い夢を見ていたのかもしれない。今も夢の中という可能性もあるが、今ほっぺをつねっても痛覚は感じているので夢ではないと思っている。「小説書かなきゃ…」こんな時間でも一人、パソコンに向かって物語を創造する。部屋の隅から聞こえる「ぴー!」という元気な鳴き声が恋しくなっている。みくの亡き後でも、不思議と筆は進み、投稿しても多数のいいね数をもらえた。みくがいたから成功したのだろうか。彼女は一種のきっかけに過ぎないのかもしれない。その日の夢は前回の夢の神社にいた。そこに彼女はいない。それでも、このペンダントがあれば、なんとなく安心できる気がした。このペンダントをみくの代わりとして扱えば、それでいい気がした。ペンダントのおかげで今夜もぐっすり眠れた。 きっと明日も明後日も同じように寝れる気がしている。そう私は信じている。

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